『約束』

短編小説
一 夢

 「将来何になりたいの?」
 君が進路希望の紙をヒラヒラさせながら僕に訊いた。
 「真面目に答えたほうがいい?」
 その眼差しから真面目に答えるとバカにされそうでなんだか嫌だった。
 「え、なんでよ。帰宅部なのにサッカー選手とかだから言いたくなかった?」
 僕の夢はサッカー選手でも野球選手でもない。スポーツ選手になる気はないので訂正しておこう。顔をしかめながら教えてやった。
 「ちがうよ。技術者かな」
 「なんの技術者?」
 たしかに〝技術者〟は幅広すぎた。
 「ああ、スペースシャトルを作ったり、宇宙に関わる仕事とかやってみたい」
 
「へー、宇宙好きなんだ?星座とかも好きだったりするの?」 
 「星座ね、オリオン座しか知らないけど、星空を眺めるのは好きだよ。でも冬の星座だから今の時期はちょうど見えなくなるんじゃないかな。」
いつもは会話なんて覚えてないぐらいどうでもいいことばかりだけど、星空の話は盛り上りそうだ。
 「オリオン座ね、実は夏も見れるよ、深夜1時ぐらいかな。でも、冬の星座ってイメージが強いよね。」
 それは知らなかった。なんだ、詳しいじゃないか。
「僕、本当は宇宙飛行士になりたいんだ。」
君は100円玉を拾った様な顔でこっちを見た。
「良いね。」
 君はそう言って姿勢を戻した。
二 日食グラス

 「来週月曜の早朝、金環日食が見えるらしいよ。知ってた?」
午前中の休み時間、以前に星空の話をしてからなんだか話が増えた。日食は知ってる。月と太陽が重なって日中暗くなる現象だ。
「太陽が三日月みたいになって少し暗くなるやつでしょ。知ってるよ。」
君はなんだか得意げにこう言った。
「三日月みたいになるは部分日食ってやつじゃない?金環って書く通り、光のリングができるんだよ。」
君が部分日食と金環日食について得意げに説明した。そうなのか。日食なんて見たことないし、なんだか見てみたい気がする。
「んー、なるほどね。でも太陽ってすごく眩しいし、どうやって眺めるの?」
「日食グラスっていうやつ、本屋さんに売ってるよ。」
そんな便利なやつが売ってるんだ。知らなかった。
「へー、売ってるんだ。買っ…」
「今日学校終わったら買いに行く?私も持ってないから。」
話を遮る様に君は言った。ビックリしたけど正直誘ってもらえるのは嬉しかった。
「良いね。行こう。」
「私は部活があるから、終わって家かえって…8時くらいかな。時間大丈夫?」
僕は帰宅部だから家に帰ってしばらくやることがないけど、時間は大丈夫そうだ。
「全然良いよ。8時くらいに本屋さんで待ち合わせね。」
「よし、その時間で!じゃあ私、移動教室だからそろそろ行くね。」
「うん、いってらっしゃい。」

三 書店

「お待たせ!」
「全然待ってないよ。時間ぴったり」
君がきた。本屋さんの前に時間ぴったりだ。夜8時、もう外は暗くなっていた。
「部活お疲れ様。明日も部活あるの?」
「午前中だけね。あ、あったよ!案外安いかも。」
「お。」
何気ない会話をしながら店内を探し回って見つけた。300円。昔の3D映画を観るときに使った紙メガネだ。これに300円か。
「ん、今月の科学雑誌は日食がテーマだよ。付録が日食グラスだって。」
「本当だね。今回の日食は129年ぶりらしいよ。次の日食は300年後。生きてないね。」
決めた。科学雑誌を買おう。中身も面白そうだ。
「雑誌買うことにする。」
「うん。私も雑誌の方にする。面白そうだし。」
さすが。気が合う。なんだかんだ1時間ほど本屋さんにいた。そろそろ帰らないと。
「じゃあ買って帰ろうか。」
「うん。」
日食グラス付きの雑誌を買った。明日はこればっかり読んでるだろう。
「来週月曜、朝早いけど起きられるかな。」
「電話してあげるようか?」
ニヤニヤしながら君は言った。確かに朝は弱いから起こしてほしいかもしれない。
「日食10分前に起こしてくれ。」
「わかった!じゃあもう真っ暗だし帰るね!」
「うん。じゃあね。」
明々後日はなんとか日食は見逃さないですみそうだ。
四 約束

今日、金環日食が見られるらしい。まだ太陽はまんまるだ。本当に太陽がリングになるんだろうか。そう思いながら日食グラスをポケットに入れて東の空を見る。携帯電話が鳴った。
「あら、出るの早いね。起きてたの?」
「おかげさまで。早起きしちゃったよ。」
「あと数分で日食始まるけど、まだまんまるだね。本当に始まるのかな?」
きっと日本国民の半分以上はそう思っているだろう。ギラギラ輝く太陽に欠ける気配はない。
「あ!日食グラスで見て!ちょっと欠けてる!」
君が大声で言った。ポケットから日食グラスを取り出して掛ける。太陽が少し欠け始めていた。

「本当だ!本当に欠けてきてる!」
僕も思わず大声で言った。
「ね!暗いところがだんだん動いてるね!」
このスピードで動くなら“金環”なのはごく短時間なんだろう。見逃したくない。
「すごい…」
世紀の天体ショーとも言える光景に思わず黙ってしまう。少しづつ月が太陽の光を遮っていく。さっきまで眩しすぎた太陽の光が厚い雲で遮られる様に暗くなっていく。
「あれ、もう金環じゃない?リングになって見える! …」
「…」
ついに129年ぶりに金環日食が現れた。見逃すまいと電話越しに何か言っていたが聞いていなかった。
「え?ごめんなんて言ってた?」
「あのさ。」

「きみは宇宙飛行士になれないだろうからせめて宇宙に関わる仕事にしたら?私も将来宇宙関連の仕事がしたい。」
「夢は夢として持っていたいよ。でも、宇宙に関わる仕事は良いよね。ロケットのエンジンとかどういう仕組みなんだろう。」
宇宙飛行士は確かにみんな憧れの職業だ
でも夢として持っておく。今から勉強すれば何にでもなれる。そんな気がしていた。
「…約束。きみと進路は別だけど、10年後、20年後、宇宙開発の仕事で一緒に働きたい。」
「僕は宇宙飛行士になるから君が作ったロケットで僕は宇宙にいくよ。だから頼んだよ。」
「だから無理だって。大人しく地球にいなよ。300年後また金環日食見られるし。」
「わかったよ。約束。」
短くて長い日食が終わった。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。