『番外編 ~南アルプスって良いところ 2~』

夕方から夜中にかけて雨が降っていて、予報は当たった。翌朝4時過ぎに起床、4時半に朝食を頂く、卵焼きとハンバーグ、手作りではないけど、ここは山奥有難い。なお、夕飯は山菜の天ぷらだった。
日の出前に出発したかった照を女主人は『何をそんなに急いでいるの?少しゆっくりして行きなさい』と呼び止めて座らせた。夜中の雨で足元の草や岩は濡れていて、濡れる、歩きにくいと想定してくれていたのかもしれない。テント泊の一行は先に歩き出しているのに、何故止めるの?と照は納得していなかったが、従った。5時になって小屋を飛び出したのだが、キャップを忘れていて、1時間歩いた独標というピークで日差しが強いからとザックからキャップを取り出そうとしたら無かった。七峰縦走キャップだったので未練はなかった。
そして微妙に痛い這松地帯を歩いていると、前方に人影が見えた。『関西兄さんだ』照は歩を早めて近づいて挨拶をした。
仙丈ヶ岳のカールが美しい円弧を描いていて、迫力マンであったが、照の行く手を良く見ると、幅の狭く、崖っぷちのかなりリスキーな登山道があった。『ここを1人で歩いていて、落ちても誰にも気付かれないでサヨナラだな』照は、関西兄さんが居てくれて良かったと思った。関西兄さんは重い荷物を背負うときに、台所用のスポンジを服の中で肩に当てている。ザックを下ろした後に、アメフト選手みたいになってしまい、凄い目で見られるんだと話していた。2人で山頂で写真の撮り合い、とても記念になった写真の1つである。
照のペースに合わせてか、関西兄さんのペースも良く、北沢峠までコースタイムを短縮し、予定より早いバスに乗れそうだったので先を急いだ。関西兄さんは翌日に甲斐駒ヶ岳を登っていくらしく、北沢峠で御礼と別れを告げた。
満員のバスに揺られて10分程度、斜面にカモシカを見た、生きたものは初めてだった。両俣小屋からの合流点で2人がバスに乗車、『熊が居た』と青ざめていた。そのあと、広河原でバスを乗り換え、芦安に戻ってきた。
照は中央道で帰っている時に、八王子の妻の実家に寄って一泊してから、家に帰った。その時、郵便配達が丁度来て、エクスパックを持ってきた。誰だろう?と思いつつ、送り主を確認すると両俣小屋からだった。中身を開けてビックリ、七峰縦走キャップだったのだ。連絡もしなかったのに、元払いだった。その気遣いに感謝し、お返しに煎餅を送った。
ヤマレコの某ユーザーからの話では、女主人がバイト君に『キャップを忘れた人が送ってきたよ』と小屋で食べていたそうな。で、その人も忘れ物しないようにと思った矢先、ストックを忘れてしまい、連絡したら元払いで送ってくれたそうな。大きな山小屋ではこういう対応なんて出来ない。小さくて人情に溢れた素敵な山小屋だと照は思った。
【歩行距離27km、行動時間18.5h】
ここは山梨と静岡の県境が1km
長野と山梨の県境が23km

なお、2019年秋の台風で小屋の建物はギリギリ無傷だったが、水場や林道、登山道がメチャメチャになり、また小屋の前の樹林帯は見事に流されて、巨大な広河原が出現したらしい。復旧したらまた行ってみたい山小屋である。

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