『遥かな尾瀬を背負子で駆け抜けろ』

長男の山デビューは10ヶ月の時に甲斐駒ヶ岳の北にある日向山を背負子で登った。照の肩は肉付きが全く良くないので、あまりの重さに妻と交代で背負ったほどだった。
そのあとラガーマンと飯能の巾着田と日和田山でハイキングした時に『来月尾瀬に行こうよ』となったのだが、予定が雨で流れてしまい、照と妻と長男の三人で行くことにした。他の山でも良かったが、トイレと飯が備わっている尾瀬にしたわけだ。
未明に車を走らせて、5時に戸倉駐車場に到着、第1便のバスは既に出ていて、ジャンボタクシーも順次出発していた。券売機で乗車券を購入し、息子を膝に乗せて鳩待峠へ。車窓からでも紅葉を見れて秋を感じていた。
鳩待峠に着くとやや寒い、パタゴニアの全身スーツを着せると、何やら本人もやる気十分な雰囲気に、、、背負子ですけど。
木道の下り坂、慎重に歩いて行くと、前方にチョロチョロ動く小動物を発見。『リスだ』と妻は呟いた。が良く見ると、オコジョが野ネズミを追いかけていた。『リスだと思ったのに、テンション低くないか?』照が聞くと、『リスならカナダで見飽きたから』と幼少期をカナダで過ごした帰国子女がのたまった。照は呆れてそれ以上何も言えなかった。
遥かな尾瀬の代名詞、水芭蕉は春先には可憐な姿であるが、夏以降はオバケチンゲン菜になってしまうことはあまり知られていない。足元にあるのがそれだった。
照は初めての尾瀬だったので、コースタイムの実態が不明であった。10時までに見晴まで行けて調子も天候も良かったら、尾瀬沼に抜ける計画としていた。天候はイマイチだったのでそんなに混んでおらず、自分等のペースで歩けたこともあり、9時に見晴に到着。ここまで息子も背負子の中でキャッキャキャッキャと何やら楽しそうにしていた。
遅めの朝食にしよう。山小屋で山菜やうどんと蜂蜜ホットミルクを頂く。窓の外には紅葉があって、小鳥も遊びに来る、何て贅沢なひととき。
平らな木道では妻が息子を背負い、勾配がある区間では照が背負った。尾瀬ヶ原と尾瀬沼の間にある樹林帯は紅葉が綺麗だったが、息子は気持ち良さそうに寝ていた。
尾瀬沼を半周して、三平下の尾瀬沼山荘に到着、お昼時だったのでカレーを頂く。会計をして提供を待っている間に張り紙に気付く、大清水から戸倉駐車場への案内だった。『最終便に乗るためには遅くても13:50には出発してください』照は焦りながら時計を見た、『13:10、うお!』
料理を受け取り、妻に事実を伝え、早めに食べた。美味しかったけど、ゆっくり味わっている余裕はなかった。
登り返してからのガツーンと下り、照の肩は限界になり妻に交代。何とか30分前に大清水に到着してセーフ。
結果としてかなりの強行登山になってしまった。照が父親に報告すると、目を真ん丸にして『日帰りで?息子背負って?へぇーー』と驚いていた。
【歩行距離26km、行動時間9h】

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