『とある友人と人助けの少年』

 そいつは何でもかんでも人助けをしようとする奴だった。

 とりあえず目についた、困っている人は誰でも助けた。授業初日に教科書がないやつには自分から教科書を見せる。昼の弁当を忘れたやつには自分の昼食を分け与える。先生が荷物の運搬で困っていれば一緒に持ったし、全く関係のない委員会の手伝いをしていたりもした。私はあいつが実際にやるまで、交差点でおばあちゃんを背負う人というのはフィクションの中の生物だと思っていた。さらには恋愛相談をしていることもあったのだが、親身に相談に乗りすぎて相談していたやつに告白されたりもしていた。(でも、それは断ったらしい)
 私はそいつとは席が隣で、件の教科書忘れの犯人は私であり、それから何となく話すような仲になっていた。

 一度、どうしてそんなに人助けをしているのか?と聞いたことがある。

 「昔やっていたゲームの主人公が『誰かを助けるのに理由がいるかい?』っていったんだ。俺はそれがすごく印象に残っていてさ。あとは何となくやっているだけだ」

 そんなことを言っていた。なるほど、そいつを見ていると確かに物語の主人公にでもなれそうなやつだった。こいつを素材に物語を書いたら確かに面白いかもしれない。私がそういうと、

 「え、物語を書いてるの?今度見せてくれ!」

 そう言ってきたので、そんな話はしていないとため息をついておいた。仮に書いていても、こんなやつに見せる道理はない。

 ある日の昼休みもそいつは、頼み事されていた。頼みごとをしていたのは隣のクラスの女子だった。廊下で何やら話しているさまを私は端目に眺めつつ観察していた。珍しくやつは困った顔をしている。どうやら何かろくでもないことを頼まれたなというのは容易に想像がついた。あいつが人助けを良くする人というのはもはや周知の事実であり、つまるところつまらないことを頼むやつも一定数がいるというわけである。もちろん、大半の人間は本当に困っているだけなのだが、あいつはそういうとこの境目がついていない、お人よしともいう。

 しばらくすると、くだんのやつは難しい顔をしてこちらに戻ってきた。

 「困ったことになった」

 「そんな顔してる」

 「なぜ、告白を断られたのか教えてだってさ・・・」

 「それは・・・本当に困ったね」

 話を聞いただけで口角が下がりうわあ、となる。女生徒から告白の返答蒸し返されるなど、気まずさの粋である。しかし話を聞く限り、告白をしていた当人が来たらしく、周りに他の女生徒もいなかったとのことだ。

 「まだ・・・マシじゃない?」

 「どこら辺が?」

 「ほら、女子集団で問い詰めにきてたらもっとえらいことになってたよ」

 「うわあ、いやだな、それは」

 想像したのか、そいつの顔はさらに歪んだ。

 「というか、なんで断ったのか素直に言うしかなくない?」

 「んー・・・やっぱりそうか」

 そいつは頭をぼりぼりと掻いた。大体のことに思い切りのいいやつだが、珍しく歯切れの悪い態度だった。

 「行ってくる」

 しばらく逡巡した後に、後ろめたいように廊下を振り返ってからそう宣言して、席を立った。自分を奮い立たせるためなのか、椅子を引く音が重々しい。私はがんばれという意味を込めて、無言で件の女子に見えないようにひらひらと手を振った。

 二人は廊下を離れ、私の目の届かないところに行ったが、しばらくして速足で廊下を通り過ぎる女子生徒が見えた。赤い目元を隠すようにして走り去っていく様を見て、思わずあぁと嘆息が漏れそうになる。報われなかったのだ、結局。たぶん、あきらめきれずに断られた理由をもとにどうにか、関係を繋ぎなおしたかったのだろうけれど、そうはいかずということだろう。

 数分遅れて、そいつは出ていった時よりいささか疲れた顔とともに戻ってきた。周りの視線が好奇と憐みで揺れている。

 「こういうのは慣れない」

 「その性格じゃそうだろうね」

 そいつはため息をついて、机に突っ伏した。気にしなければいいのだろうけれど、そこまで割り切りがよければ、ここまでお人よしにもなっていないのだろう。

 「はい」

 私も軽くため息をついて、奴の前に紙パックを置いた。音に反応して軽く顔が上がる。

 「牛乳じゃん」

 「おつかれ」

 私がそういうと、そいつは軽く苦笑するとストローの差込口を無視して、紙パックを開くと一気に飲み干した。急な行動に少しだけ向いていた周りの視線が驚きに変わる。

 「うまかった、ありがとう」

 「・・・どういたしまして」

 そういったやつの顔は急に晴れ晴れとしていた。さっきまで落ち込んでいたのに、落差ありすぎだろうと軽くあきれる。

 「そういえば、なんで告白は断ったの?」

 帰り道が一緒だったので、帰りにそんな話をした。

 「んー、俺はあの子のことをよく知らないし、あの子も俺のことをよく知らない。知らない子とは深い仲にはなれない。だから友達からならっていったら泣かれてしまった」

 「あー、それは・・・」

 「これから仲良くできるのに泣くかなあ」

 「大体の場合、体のいい断り文句だからだよ、それ」

 まあ、仮に友達から仲良くなりましょうと言ってうまく仲良くなれるかはわからないのだろうけれど。結構、変なことあるからな、こいつ。

 「そういうもんか」

 「そういうもんだよ」

 ふうと軽いため息が隣から聞こえてきた。

 「・・・まあ、その断り文句を真剣に言ってるっていうのが、あんたのいいところなんじゃない?」

 私がそういうと首をかしげてこっちを見てきた。

 「悪いところじゃないか、それ?」

 「捉え方によって、いいところにも悪いところにもなるよ。捉え方を変えれば、真摯に答えてるんだからいいところだよ。あとはそれを受け取った子の問題でしょ」

 そいつは、ふむとしばし考えこんでから。こっちをのぞき込んできた。

 「つまり捉え方を変えれば、不愛想なその態度も俺に気を使わせないようにしているいいところだと」

 歩きながら飲んでいたコーヒー牛乳を噴き出しかけた。

 「・・・・・何言ってんの、あんた」

 妙なしたり顔でこちらをのぞきんでくるので、手に持っていた紙パックをぶつけたくなった。

 「なんだかんだで、俺はお前のことをよく知っているし、お前も俺のことをよく知っているということだ」

 「・・・・・やかましい」

 その言葉にどんな捉え方があるのか、気づいてはいけないことが含まれていそうだという感覚があったので、深く考えないことにした。隣をみると腹の立つ顔がある気がしたので、目をつむって、口元に集中する。

 コーヒー牛乳はとても甘い。

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