『ロックは死んだのか?』

 
 遠い過去、または未来。音楽が全てを支配した宇宙が存在した。
 音楽は武器であり、通貨であり、魂だった。

 大銀河の最果て、無名の惑星。
 荒れ果てた大地には砂嵐が吹き荒れる。数軒残る掘立小屋に、数多の無法者が集う酒場がある。
 そのカウンターで、大柄なタコ頭のエイリアンが喚き散らしていた。

「ロックなんてのはもう死んだんだ。あんな雑音、聴いてる奴の気がしれねえな」

 エイリアンはそう叫ぶと、毒々しい異星の果実酒を一気に飲み干した。エイリアンの取り巻きもそうだそうだと賛同し喚き散らす。
彼らは一様にサングラスをかけ、腕には厳つい刺青、持ち込んだラジカセで爆音のギャングスタラップを流している。
 周りの客はエイリアンたちに萎縮し、黙り込んでしまっている。
 
 その時、一人の男が椅子を蹴飛ばし立ち上がった。
 エイリアンたちが一瞬静まる。

「うるせえんだよタコどもが」

 長身痩躯の男は編み笠に着物、サムライの出で立ちをしている。しかし背負った愛刀はエレキギター、フェンダーのテレキャスターカスタムだ。旅の浪人だろうか。

「なんだ?てめえ」
「うるせえって言ったんだ。おめえらの声もおめえらの音楽も雑音なんだよタコ焼きにされてえか」

 タコ頭のエイリアンはそれを聴いて顔を真っ赤にし、椅子を蹴飛ばし立ち上がる。取り巻きたちも立ち上がり、周りの客は震え上がった。このサムライは、彼らを宇宙ギャングと知って言っているのか?

「ようしわかった、表に出ろ。対バンだ」

 酒場の外、街の広い通りでタコギャングとサムライは対峙した。
 タコギャングたちは巨大なスピーカーやターンテーブルを展開し、ヘッドはマイクを手にする。彼らお得意の爆音ギャングスタラップでタコ殴りにするつもりなのだろう。
 
 対するサムライは動かない。それを見てギャングたちはさらに怒りを燃やす。

 突如大地が揺れ、亀裂が走る。ギャングたちのビートが始まったのだ。
 激しい重低音がサムライの身体に撃ち込まれる。骨を粉砕し、肉を引きちぎる音圧の砲撃。 

“ロック聞くやつだいたい根暗 ワックなてめえは引っ込め穴グラ とっくの昔に死んだぜロッカー”

 ギャングの頭領はマイクを手に、罵詈雑言のディスラップをサムライにがなり立てる。まともに食らえば精神が崩壊するほどのパンチラインだ。
 サムライは無抵抗のままやられてしまうのか。

 否。
 サムライは背負った愛刀を瞬時に構え、鋭いリフを掻き鳴らした。
 瞬間、通りの小屋の全ての壁、屋根が見えない爪に切り裂かれた。木片が宙を舞い、大地も斬り刻まれる。
 それは遙か古代のロックバンドのリフだった。
 
 次の瞬間、ギャングたちの機材は木っ端微塵に吹き飛んだ。
 ギャングたちは白目を剥き、次々に倒れる。
 残された頭領もマイクを落とし、へたり込んでしまった。
 サムライが呟く。
「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT…… “世界の終わり” だ」

 ギャングたちが通りの真ん中で目を覚ました頃、吹き荒れる激情の嵐とサムライは何処かへと消えていた。
 ギャングたちは周りを見廻し戦慄した。至る所に、深々と不可視の爪が抉った爪痕があったからだ。
「ロックは死んだが…ロックンローラーはまだこの銀河系に生きていやがった」












 昼休みの教室に、流行りのギャングスタラップが爆音で響く。それを聞く少年たちは大声で騒ぎたてていた。
 彼らを尻目に、線の細い少年は大学ノートに空想小説を書き続ける。彼のイヤホンからは、かすかにあのギターリフが漏れていた。
 
 その時、大柄な少年が叫んだ。
「ロックなんてのはもう死んだんだ。あんな雑音、聴いてる奴の気がしれねえな」

 線の細い少年はペンを止め、立ち上がった。
 サムライはプレーヤーを手に、放送室に向かう。
 
 

 

 

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