『ある賭け事』

 賭け事と言うものは、いつの世の中でも人を夢中にさせてしまうもの。この豪華客船にも二人の賭け事好きの男がいた。一人は大金持ちであり、一人は身分の高い伯爵。

彼らは、お互いに無類の賭け事好きであることから、意気投合。しかし二人の友情も長くは続かなかった。

それは二人で酒を飲み交わしていた時の事。
「…しかし、あなたより私の方が賭けに強いでしょうなあ」と、大金持ちが始めに言った。「何をおっしゃいます、私の方が強いに決まっている」言い返す伯爵。

「いやいや、お城でのんべんくらりと生きてきたようなお人には、真の勝負の心というものはわかりますまい。そこへいくとわたしは商売において常に駆け引きをしてきた人間です。強いに決まっている」と、小馬鹿にした態度をとる大金持ち。

「人に媚びたり、へつらったり。まあ、人にプライドを切り売りするような人間に何を言われても腹は立ちませんが、そこまでおっしゃるなら勝負をしましょう」と伯爵。

「そこで」と、大金持ちは提案する。「勝負をしましょう。私としては、まさに人生を賭けたものにしたいと思いますが」
「同感だ」伯爵もうなずき、同意する。

「では…」と、大金持ちは少しもったいぶって言葉を続けた。
「私は全財産を賭けましょう。あなたは爵位を賭けて下さい。……まさか伯爵ともあろう身分の方があれほど勝負すると言っておいて、いまさら降りると言う事はないでしょうな?」

「受けて立とう!」伯爵は怒鳴るように言った。「では失礼する」 伯爵はこう言うと、自分の部屋へと帰っていった。

それを見て大金持ちはニヤリと笑った。

次の日。
二人の周りには何百人もの見物客がいた。この船にいる者のほとんどである。彼らはこの大きな賭けを見るべく集まってきたのだった。それはいざとなって伯爵が逃げ出さないようにと、大金持ちが噂を流したためだ。賭け事の方法は、シンプルかつ深淵な丁半博打。

「では始めましょう」と大金持ちはさいころを取り出した。

「さいころと壷を調べますか?」 大金持ちは伯爵に聞いた。
「結構だ」伯爵がこう答えると、大金持ちは内心ほくそえんだ。が、顔にはださず、壷に入れてさいころを振る。

「半か丁か」
大金持ちは聞いた。
「あなたが先に言いなさい」伯爵は余裕のある声で大金持ちに言う。

「では私は、半」大金持ちは答えた。

結果は大金持ちの勝ち。しかし、それは実は当たり前であった。じつは壷に仕掛けがしてあったのだ。

「あなたの負けです、伯爵」 大金持ちは神妙な顔をしていった。
「仕方ありません…賭けは神聖なものです。爵位はあなたに送りましょう」

こう言うと伯爵は大金持ちに爵位を譲り、船を下りていった。そして、その行方はようとして知れなかった。

一方の大金持ちは思った、してやったりと。バカな伯爵から爵位を取り上げる事が出来たと。これで今までの成金として扱われてきた自分の扱いも変わると。

しかし。彼は知らなかった、伯爵がその爵位を担保に、莫大な額の借金をしていた事を…。

そう、ちょうど大金持ちの全財産ほどの。

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