『Cor Leonis』

「あ…始まりましたね」
 綻んだ黒い瞳が見上げた空は、まるで宝箱のようだった。

 視界いっぱいに広がった星原と、束になって空に落ちる沢山の光。
 深い闇を裂く光の道は、刹那に線を引いて、融けて、また光って横切って…。
 ふと、群れからはぐれた一筋の箒星を、隣に佇んだ彼の瞳がゆっくりと追い掛ける。
 彼方へと消えた彗星を見送ると、彼は小さく吐いた息を春の夜空に溶かして、深緑のマフラーをその細い首に巻き直した。

「やけに冷えますね。もう春に入ったというのに」
「仕方ないよ、まだ桜も咲かないんだから。…見て、あれ…獅子座じゃない?」
「…あなた、星座に詳しかったんでしたっけ?」
「ちょっとだけ。…ね、獅子座の心臓部分の星…レグルスっていう一等星らしいんだけどさ、どこかの言葉で『小さな王』って意味なんだって。素敵だよね」
「…そうでしょうか?レグルスは確かに一等星ですが、その中では一番暗い星なんです。『小さな王』はラテン語の意味ですけど、どう繕おうと結局は落ちこぼれでしょう」
「そんな事ないよ。だって…レグルスの星言葉は『英雄志向』や『社会意識を持った向上心』。例え一番暗くても、獅子座の心臓の星でしょう?きっと…獅子みたいに勇猛果敢なんだよ」
「…面白い事を言いますね、あなたは。それなら、結局は一等星で一番明るい星…『完成された精神のリアリスト』という星言葉を持つシリウスに敵わない事を知っていても、同じように『勇猛果敢だ』と言えますか?」
「…うん。レグルスの星言葉には続きがあって…『貢献・自己犠牲』っていうのもあるの。…シリウスとは違う形でも、レグルスはきっと…自らの正義を全うするんだよ」

 降りしきる星の間を縫うように、私は獅子座の心臓に手を伸ばす。
 指を沈めた星の海原の中、周りよりも一際明るいそれは、まるで脈打つように強く輝いていて。

「79光年離れていても一等星として輝き続ける事が出来るんだから、やっぱりレグルスは落ちこぼれなんかじゃないんだよ」

 なんてったって王様だからね、と悪戯っぽく微笑んでみれば、彼は「…あなたの発想には敵いませんね」と隣で苦笑を零す。

 指の隙間から覗く小さな王は、穏やかに嗤っているように見えた。

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