『親子丼』

 親子丼ってホントに親子なのかな?
池田は親子丼を食べながら僕に聞いてきた。
「そりゃあ、親子でしょ。名前でもう言っているじゃないか」
親子丼とは割下などで煮た鶏肉や玉ねぎを溶き卵でとじ、ご飯の上に乗せた丼物の一種
だ。鶏の肉と卵が使われていることからその名前が付けられている。的を射ていて、なかなか面白い名前だ。
 それを今更、本当に親子なのかと聞いてきている男がいる。バカなのだろうか。
「お前、今俺がバカなこと聞いてきていると思っているだろ?」
バレてた。
「そうじゃなくてね、今食べているこの親子丼に使われている卵って、この肉片と化している鶏から産まれた卵なのかなって」
「なるほど、そういうことか。それは、違うんじゃないかな」
僕は池田の問いに対し、素直に答えた。
「そうだよね。だからね、親子でもないのに親子丼って呼ばれるなんて鶏からしたらいい迷惑なんじゃないかと思うんだよね」
池田は物憂げな表情で言った。
「思うも何も既に死んでいるけどね」
 僕は軽くツッコミを入れたが、内心それもそうだなと納得してしまった。  
 確かに、全くの他人と同じ空間にいるだけで、第三者から親子だと思われたらと考えるとなんだか気持ち悪くて鳥肌が立ってくる。そう、鳥だけに…。
「俺だったら嫌だよ。赤の他人と自分が別の他人から見て、親子だと思われたらと考えると、それこそ鳥肌が立っちゃうよ。そう、鳥だけにね!」
 池田と全く同じ事考えていたなんて恥ずかしすぎる。本当に鳥肌が立ってきた。
「だから、これはもう他人丼なんだよ」
 池田は確信したように言った。
「それだと別の料理になってしまうよ」
 鶏からしたらそっちの方がいいのかもしれないが。
「そういえば、僕が食べているカツ丼もある意味では他人丼だよね」
「それは、カツ丼だよ」
 僕の問いに対して切り捨てるように答えた池田に一瞬、殺意が湧いた。
「仮にこの親子丼が本当の親子だとするよ。そしたら、苦しい思いをして、命を賭して産んだというのに、お互いの顔を見ることもなく引き離され、やっと会えた時にはお互いにこんなバラバラのぐちゃぐちゃの変わり果てた姿になっているなんて…。なんだかいたたまれなくなるよ」
 池田は少し目を潤ませながらそう言って、親子丼にがっつき始めた。慈悲深い事を言いはしたが、その食べっぷりには慈悲のかけらもない。
 それから特にこの話が続くことはなく、なんだ、コイツと思いながら黙々とカツ丼を食べ進めた。
すると、後ろのドアから店内に、年の離れた二人組の男女が入って来て、僕達の通路を挟んで隣の席に向かい合わせで座った。
「パパ、私カツ丼食べたい」
十代後半くらいの女性は、何故だか少しぎこちない笑顔で言った。
「じゃあ、僕は親子丼にしようかな」
五十代前半くらいの男性は、心底嬉しそうな満面の笑みで言った。
「あの二人って親子なのかな?」
僕は小声で池田に聞いてみた。
「そうじゃないの?」
池田は隣に座る二人を横目に見て答えた。
僕は軽くため息をつき、自分の丼から箸でカツを一切れつまんで、池田に見せた。
池田は少し悩んで、僕の考えを察知したのか、ニヤリと笑った。
彼女は、この男性といる時、常に鳥肌が立っているのかもしれないと僕は密かに思った。

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