『ブルースターになれたら』

「以前、自分には怖いことがありまして」
「それは一体どんな話なんですか」
「お付き合いさせていただいてる方がいまして、彼はとても誠実で几帳面で、人格者なんて言葉がピッタリな人なんです」
「そんな方がパートナーだなんて、あなたもさぞ鼻が高いでしょう」
「いいえ、そんなことはないんです」
「というと、彼の完璧さに気負いしてしまって『自分が隣にいるのは不釣り合いじゃないのか』と思ってしまうのが怖いということですかね」
「そこまで卑屈ではないです。そうではなく、そこまで尽くしてくれる彼がこわいんです。この恩義に対していつか大きな要求を迫るんじゃないか、って」
「それは……」
「彼がそんなことをするはずがないと解ってはいるんです。でも愛情が押し寄せると幸せな反面、何かが押し寄せてくるんです」
「ふむ。つまり『無条件な愛情を注いでくれる相手が怖い』と言ったところですか」
「そんな感じです。0の自分に対して何かを注いでくれるのは嬉しい、なんて恵まれているんだろうと思います。それに応えるくらいの愛情も彼にも注いでいます」
「なんだ、分かっているならいいじゃないですか」
「だから『以前』なんです。彼に同じような話をして解決した話なんです」
「……これではただ私が惚気話を聞いただけじゃないですか」
「そんな話がしたかっただけです。ただの雑談ですよ。ご清聴ありがとうございました」
「君たちの仲が良好なら何よりです。ちなみにひとつ、蛇足かもしれませんが訊いてもいいですか」
「いいですよ。お話を聞いていただけたのでなんでもお好きなように質問してください」
「あなたのその問題が解決したところでまだ怖いことはあるんじゃないですか。日々接していれば他にも不安や悩みがあるはずと思います。今、怖いことはありますか?」
「不安や悩みがないと言えば嘘になりますが、さして障壁と言うには小さい物事ばかりですからね。そうですね、強いていえば……」
彼は静かに笑みを浮かべながら言う。
「僕は幸福が怖いです」

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