『ポケット』

 ポケットに手を入れて歩くと、行儀悪いとおかあさんにおこらる。

 でも、ぼくは歩くとき手がぶらぶらしていると落ち着かない。

 右足を前に出すと、自然と左手が前に出る。もちろん「とまれ!」と意識すれば止められる。

 けれど、意識すると落ち着かない。

 意識しないと、勝手に動くから落ち着かない。

 だからポケットに手を入れることで、僕はこのむずむずを解決した!

 ポケットは、このためにあるんだ!

 ぼくはポケットのある意味に気づいたと思っていた。

 でも、それは行儀が悪いらしい。

 じゃあ、ポケットって何のためにあるんだろう?

 不思議に思って、ほかの子をよく見てみると、確かにぼくみたいにポケットに手を入れている子はいなかった。

 みんな、手をつないで歩いているようだった。

 ポケットに手を入れてしまうと、誰とも手を繋げない。

 だから行儀が悪いのか!

 買い物からの帰り道、ぼくはおかあさんにぼくの考えを話すと、お母さんは声をあげて笑った。

「なんでわらうの!」

「あはははは!いや、いや、そうだよ、そのとおりさ。よくわかったねぇ、竜人」

 お母さんはそう言って、荷物を持っていないほうの手で僕の頭をぽんぽんとなでた。

「手はね、いつでも誰かを助けられるように、外に出しておくもんなんだ。竜人の手も、誰かを救えるように、ちゃんと外に出しておくんだよ?」

 そういって、おかあさんは僕の右手を握った。少し高い位置でつながれた手は、疲れることもなく、母の少し低い体温を僕に伝えてきた。

「わかった。でも、そしたらポケットには何を入れればいいの?」

 そうだねぇ、おかあさんは少し考えながら言った。

「夢と、少しの秘密と、大切な思い出かな?」

「なにそれー!」

「ははは、なんだろうねぇ?大人になったらわかるよ」
 
 ぼくは、帰り道の間。ずっとおかあさんの手を握っていた。はやく大人になりたいと思った。

 その日、夢を見た。

 お父さんの夢だった。濁流に流れるぼくを、必死に泣き叫びながら、助けを求めて伸ばした手を、しっかりと握ってくれた、父の手はごつごつとして、力強かった。

 父は、僕を浮きに乗せると、力尽きたように、その手をはなしてしまった。

 おとうさんの満足そうな顔が、僕を見ていた。

 僕に、もっと力があれば、おとうさんも救うことができたのかな。

 目が覚めると、ぼくは泣いていた。悲しい夢を見ていたようだ。たまにあるんだ。

 夢の内容は何も覚えていない。

 でも何となく、今日からポケットに手を入れるのはやめようと思った。

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