『永遠に来ない日曜日』

 彼女が僕に最後に言い残したセリフは、どういう意味を持っていたのだろうかと、彼女がいなくなってから、ずっと考えている。
「来週、水族館に行かない?」
「水族館?」
「そそ。日曜日。予定空けといてね!じゃ!」
 彼女はそこで僕に何を見せてくれるつもりだったのか。どういう意図でそう告げたのか。
 彼女がそう約束した日、私は彼女に会うことはできた。でも、彼女は僕を見てくれなかったし、声をかけてくれることもなかった。
 きれいに化粧された彼女は、芸術品のように美しかった。同時に、眠っているだけだといわれたら信じてしまいそうなくらい、普段の印象と変わらない風貌をしていた。
 顔のところだけ、扉が開かれており、触れてあげてください、触れられるのは今日が最後なので、と彼女の親御さんが伝えてくれた。僕なんかがと、少し迷ったが、そっと、彼女の頬に触れてみた。
頬をつついてみる。
 もぉ、と言いながら起き上がるんじゃないかと、少し期待していた。そんなことあるはずもないのに。
 ずっと触ってみたいと思っていた彼女の頬は、もう冷たく、硬くなっていた。
 そこで初めて、自分の中の温度が急速に失われていく感覚に襲われた。
 
 彼女は死んだのだ。

 頭では理解していた状況を、心でも認識し始めた。
 なぜ死ななければならなかったのか、本当にもう会うことはできないのか?
 彼女と過ごしていた日々を思い出す。次第に視界がぼやけ、涙が頬を伝う感触が、感情が追い付いてきたんだと、僕は気付いた。
 
 葬儀は、時間通り粛々と行われたのだろう。気が付いたときには、日は沈み、彼女は灰となっていた。
 自宅に帰ると同時に、電気もつけず、靴も脱がず、力が抜けてその場にくずれた。くらい玄関に横たわり、壁の一点を眺めながら、僕は心の中で問いかけた。
 水族館で、何をみせてくれるつもりだったんだろう?
 葬儀に出れば、この頭を支配している悩みの、何かの答えが得られるかとも少し思っていたが、家に帰ってもやはり、この問いは頭から消えなかった。
 答えはない。たぶん一生、得られない。
 彼女が見せたかったもの、あるいは、水族館に行く目的が何だったのか。
 それを確かめるために、来週は水族館に行かなければならないと思った。
 いや。
 それが分かるまで、僕はきっと水族館に通うことになるのだろう。
 永遠に失われた、約束の日曜日の答えを求めて、僕はこれからも生きていく。
 彼女のいない世界を生きていく。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。