『パラドックス』

 私は嘘つきである。

 この9文字に含まれる、とても美しいパラドックスに感動したのが17歳の時だった。

 これは有名なパラドックスで、自己言及のパラドックスという。

 うそつきは、正直者でなければならない。よく聞く話だが、本命の嘘を相手に信じ込ませるには、ほかを圧倒的な真実で武装する必要があるという。間違いないな、と思った。

 ほかにも、フェルミのパラドックスや、親殺しのパラドックスなど、有名なものはあったが、私が一番好きなパラドックスは、この9文字に集約されていた。

 誰でもその矛盾に気づくことができる。とても洗練された、完結されたパラドックス。無限の底に向かって、完全に閉じている芸術品だ。

 あまりにも好きだから、自分の学生にこれについて論じさせる授業をしたほどだった。矛盾の授業をする際に話すことが多かった。

「私は嘘つきである。この命題は真か偽か」

決して他者の侵入を許さない、強固で堅牢な9文字だと思っていた。

 国王の御前で、私は手錠につながれ、陛下へこの問いを投げかけた。 

 国王はつまらなさそうに、断言した。

「『私は嘘つきである』この命題は偽である。なぜなら余が偽だと考えるからである。これで満足か?異教徒よ。純粋無垢な子供たちに悪しき知識を与えようとした貴様の罪は重いぞ。執行官、処刑せよ」

 国王はそう言って、私の刑罰を述べた。執行官と呼ばれた男は、手錠でつながれた私の手を引き、国王の御前から移動した。

「父上の言うことは絶対だ。この国では、父上の言葉はすべて正しい。父上の発言には、それだけの力がある」
 
 執行官と呼ばれた男は、こちらを振り向くことなくそういった。

「ミザ様」部下と思われる人間が警告するよう声を上げた。

「案ずるな、わかっている。父上に聞かれたら極刑ものだな。大丈夫、ここの会話は聞こえんよ」

 部下はそれきり、沈黙した。鎧がこすれる金属音が際立った。

「きみたち、哲学者が真理を求める気持ちはわかるよ。貴殿も、その美しさに魅入られたのだろう?」

 私はうつむいたまま、こくりとうなずいた。

「そうか、なるほど。あるいは、貴殿らのような存在が、この絶対王政を破壊へと導いてくれるかもしれんな」

 執行官はそう言うと、何か思いついたのか、こちらを振り向き言った。

「貴殿を逃がすとしよう」

「ミザ様!?」部下が声をはさんだ。

「なぜ、ですか?」私は問いかけた。

「ふふふ、貴殿のあの問いかけが気に入った。貴殿がどのような答えを手に入れるのか、非常に興味がわいたのだ」

「いいのですか、国王の命に背くということは、あなたも厳罰にあうのでは」

「ああ、それなら問題はない。適当に処刑したと、死体をでっちあげるとしよう」

 彼は呼吸をするように、隣にいた部下の首をはねた。

 そうだな、貴殿の言葉を借りるのであれば、と執行官は一拍あけてつづけた。

「私は、嘘つきなんだ」

 執行官は部下の血を浴びながらそう言って、私の手錠を外した。

 私はその言葉が、真であるか偽であるか、考える余地もなかった。

 国から逃げて、5年が経過したころ、その執行官は剣を携え、私の住む家までやってきた。

 執行官は不気味な笑みを浮かべながら言った。

「言っただろう?私は嘘つきなんだよ」

 彼は嘘つきだ。もちろん、私を逃がしてやる、というのも嘘だった。

 執行官はその点において、正直者だった。

「宿題の答え合わせといこう。『私は嘘つきである』。この命題は真か偽か?」

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