『ぼくと、クローンな彼女』

僕の彼女はクローンだ。
クローンの彼女。僕が初めて『オリジナル彼女』を失った時、クローンサービスというものに彼女が申し込んでいたのを僕は初めて知った。
自分が死んだときに、遺していた細胞からクローンを作成するサービス。薬剤等を用いて18歳くらいまで急速に成長を促し、あらかじめ保存していた記憶を移植することで、今までの人物と同じような個体まで戻すサービス。
政治家とか、研究者がよくクローン蘇生とニュースをにぎやかしていた。
以前の僕は、そんなの薄気味悪いよ、と彼女と話していた。医学や、人間の本質について研究していた彼女はとても興味深いものよ、とよく話してくれていた。

インターホンが鳴って、そこに彼女がいた時、僕ははじめ、ぞっとした。でもそれよりも、もう一度彼女に会えたことが、触れられたことが、声を聴けたことが、たまらなくうれしかった。
守れなくてごめんと、きっとそんな死んだときの記憶なんていない彼女であっただろうが、僕は懺悔した。

そのあとは、僕は彼女のクローンと再び生活をすることになった。オリジナルの彼女と少し異なるところはもちろんあったし、18歳くらいまで若返っていたので、自分と年も離れたのが少し不思議な感覚だった。

そんな折、クローンの方の彼女は交通事故に巻き込まれて死んでしまった。

僕は悲しかった。最初に彼女が死んだときと同じくらい、僕は悲しんだ。
なぜ、もう一度受けた生ですらこんな短命に終わるのか。運命はなぜそんなに彼女を奪うのか。
クローン条例により、クローンの墓地は認められない。クローンの遺骨は、火葬後、自室へ持ち帰ることになった。

彼女を二度も失った悲しみはとどまることを知らなかった。僕には彼女しかいなかったから。
引きこもり続け、季節が2つ過ぎた。自殺してしまおうとすら考えた時。

インターホンがなった。

おそるおそる除いた画面の向こうに、『彼女』がいた。

僕は今度は、ぞっとしかしなかった。喜びも、懺悔も、この時ばかりは出てこなかった。
扉の向こうで、あの顔で、あの声で、彼女は微笑む。
「ただいま」
彼女は少し頬を膨らませ、つづけた。
「もう、キミには私がついていなきゃだめなんだから」

こうして、僕と「クローンの彼女」との生活がまた始まった。
薬で急成長させる影響か、あるいは元の細胞の経年劣化かはわからないが、その後もクローンの彼女は短命だった。が、死ぬと数か月してまた新しく僕の前に新しい「彼女」が現れた。

引っ越しても、彼女は僕を見つけてきた。

明確に覚えている。3人目以降のクローンには、愛情といえるほどの愛情を抱くことがなかった。
オリジナルと、2人目と。彼女たちと、3人目以降に何がちがかったのか、わからないけれど。

彼女の死を何度も間のあたりにして。
ぼくの心の何かが壊れたんだってことはわかっていた。

今回は長かったな、とか。
今回は心筋梗塞か、とか。
今回も事故か、とか。
今回の彼女はHが上手だったな、とか。

何人目かの彼女が現れた時、僕はそのまま扉を開けず、マンションのベランダから飛び降りた。

もう、何がなんだかわからなかった。自分が人間として壊れていくのが耐え難かった。
この得体のしれない繰り返しから逃れたかった。

「……キミには私がついてなきゃだめんんだから。まっててね。すぐ、会えるから……」
意識が薄くなっていくなか、彼女の腕に抱かれながら、体が冷たくなっていった。

身体の激痛で覚醒した。
ひどい頭痛がする。どうやら僕は椅子に座っているらしかった。
何がどうして、と記憶を思い出そうとして、目の前の女性が私を抱きしめた。

「おかえり。また、一緒になれたね」

その香りをかいで、僕は彼女が何者なのかを「思い出した」。

「私たち、やっとおんなじになれたね。ずっと一緒よ。ずっと、ずっと。死んでも一緒よ」

彼女の声は震えていた。ジワリと、肩に熱がこもる。泣いているのだ。
僕は彼女に抱かれたまま、恐る恐る首を回し、備え付けられていた鏡を見る。

記憶のそれより、僕は若返っていた。
18歳くらいの僕が、頭にヘッドホンのようなものと電極が張り付けられ、彼女に抱かれながら、鏡に映っていた。

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