『三題噺:目 広場 記憶』

食事を済ませた私は、いつもの場所でゆっくりと食後の時間を楽しむ事にした。
広場の一角にあるベンチに座り、忙しそうに行き交う人々をのんびりと眺める。

するとしばらくして、一人の男が私の横に腰掛けてきた。
きっちりとした服装とは裏腹に、彼の目は曇りガラスのように虚ろだ。
何とはなしにそっと横目で見ていた私だったが、その面立ちには見覚えがあった。

あれは私がまだこの場所を知ったばかりの頃だったと思う。
彼は真新しい服に身を包み、真っ直ぐな足取りでこの広場を通り過ぎて行った。
その瞳はまるで、太陽に向かって懸命に花を咲かせるひまわりのようであり、私は自然と彼を目で追っていたのを覚えている。

だが、今はどうだろうか。
あんなに光に満ちていた花はすっかりしぼんでしまったようだ。
それを見ていると何だか腹ただしい気持ちになり、私は思わず彼の膝を叩いてしまった。
それに気づいた男がゆっくりとこちらを向く。
今更怖じ気づいても仕方ないと、私は開き直って彼を睨みつけた。

「お前はいいよな」

その見下ろすような視線の意味を悟った私は、その膝を今度は力一杯叩く。
すると彼は、不思議そうに首を傾げながらこちらを凝視した。

「確か、入社したばかりの頃にもよくここにいたよな?」

視線を反らさない私の態度を肯定と受け取ったらしい彼は、気まずそうな顔をして黙り込んだ。

その頃を思い出しているのか、陰りのある表情で下を向く。
その瞳を何度も左右に視線をさまよわせ、時折痛みを耐えるように歪むのを、私も黙って見守っていた。
彼はキュッと目を閉じると、そのまま動かなくなる。

それからどれくらい経っただろうか。
ようやく目を開けた彼は吹っ切れた表情で立ち上がった。

「お前が頑張って生きてきたんだもんな。俺も、もう一度頑張ってみるか」

晴れ晴れとした表情で、彼は私の頭を撫でる。
その心地よさに私は自分の喉がゴロゴロと音を立てるのを感じた。
ひとしきり私を撫で回した後、彼はカバンを持って歩き出す。
どうやら花はまだ枯れていなかったらしい。


あの日と同じ小さなひまわりを咲かせて、彼は真っ直ぐな足取りで私の元を去っていく。
自身の尻尾を左右に振るようにして、私はそれを送り出した。

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