「可愛いね」
そう言いながら私の頭や喉元を撫でてくれた。
決まった時間になればご飯をくれて、お水も綺麗なものを用意してくれて、長くなった爪を切ってくれて、シャワーで身体を綺麗にしてくれた。
たまの粗相も「しょうがないなぁ」と笑って許してくれたし、その時も私の頭を撫でてくれた。
喉を鳴らして喜ぶと、もっといっぱい撫でてくれた。
鳴くことしか出来ない私に沢山話しかけてくれて、鈴がついた綺麗な首輪も付けてくれた。
とても優しい私のご主人様。
ある時、ご主人様は玄関で誰かと話していた。私が聞いたことの無いような大きな声で話していた。私には何を話しているのか分からなかったけれど、きっと悪いことをされてるのだと思った。
しばらく聞いていると大きな音がして、より一層ご主人様の声は大きくなっていき、次第に遠ざかっていくのも分かった。
どこかに行ってしまったのだろうか。
ご主人様の身を案じていると、数人分の足音がこちらに近づいてきた。こわい。誰だろう。こわい、助けて。ご主人様。
部屋の隅でうずくまっていると、1人の人間が近づいてきた。私を見るやいなや「こっちにいたぞ」と部屋の外に向かって大きな声を出した。
続けてもう1人の人間が私の部屋に入ってきた。
2人は矢継ぎ早に色んなことを話しかけてくる。
「大丈夫かい」
「聞こえているか」
「聞こえていたら返事をしてくれ」
2人の人間はにじり寄ってくる。追い払おうとしたが、爪はご主人様に切られて短くなってしまっていて、噛むにも私には牙がない。
観念して出ていくかとも思ったが、人間たちはなおも近づいてくる。何やら小さい声で話し合っていた。すると2人で私を持ち上げて外へ連れ出そうとするのだ。
必死の抵抗も虚しく玄関までたどり着いてしまった。
「親御さんも心配している。ひとまずは病院に行くことになると思うけど、すぐ家に帰れるよ」
先程と違った暖かな声で話しかけてくる。
親? 家?
ご主人様はどこかに行ってしまったし、私の家はここしかないというのに、何を言っているのだろう。
間もなく、私は車に乗せられた。ご主人様の家が遠ざかるのが見えた。どこに連れていかれるのだろう。もうご主人様には会えないのだろうか。
私は小さな声で鳴いた。
「にゃあ」
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