『キジ男』

景色がモノクロに見えるんだ、鉛色の空、自分の色を忘れてしまった白黒の建物、行き交う人々は無表情の仮面をつけ、私の目にはこの街が色彩を失ったように見えた。
私はそれくらい疲弊していた。
私は空から見えない無数の糸に操られているように体が動き、気がついたらこの街なら掃いて捨てるほどある雑居ビルの中の一つ足を踏み入れ、雑居ビル感満載の安っぽいドアを開けた。

ドアを開けると私の目には気味の悪い部屋が広がった。
アメシストのような紫の壁紙、マリリンモンローの唇のように赤いソファー、目が焼けそうになるくらいの深紅のカーテン、そして雑居ビルの中の一室を照らすには豪華すぎるほど綺羅びやかなシャンデリアがあり、私はこの野蛮な極彩色に目を潰された気分になった。
「大山さんだね。」とスーツにキジのかぶりものをした男が、気色の悪いソファーに足を組んで座り、私の名前を呼んだ。
「なんで、私の名前を知っているんですか?」
「僕があなたを呼んだからね。僕は大山さんと話しをしたいんだ。」
「私はあなたと話したくない、もう帰ります。」
私はドアのノブに手を掛けると「膨大な仕事量、理不尽な上司、プライドだけは一人前のポンコツな先輩、何度説明しても理解できない部下を相手にし今にも壊れそうな体を僕はこの街で見つけたんだよ。」とキジ男は会社での私の現状を歌うように陽気に話した。
この歌が私の耳に入ると、さっきまで帰ろうとしていた気持ちは石になって砕け、私はキジ男の方に体を向けた、まるでこの歌に脳をハッキングされた気分だった。
「もう一度聞く、僕は大山さんと話がしたいんだ。」
「わかりました。話しをしましよう。」
キジ男はガッツポーズをして体を上下に揺らし「よし、じゃあここに座って。」と気色の悪いソファに私を案内した。
私はソファに座り「なんで私の事をこんなにも知っているの?」と訪ねると、「大山さんの事を調べたから。」とキジ男はいかにも仕事のできるビジネスマンのように答えた。
私は恐怖に体が凍ってしまったように動かなくなった。
キジ男はシャンデリアを眺めながら「大山遥さん、1991年5月24日生まれ、高校は関東大学付属高校、大学は青立大学の文学部、三住吉銀行の普通口座の暗証番号は2468で学籍番号の下4桁だね。」と私の個人情報を漫談をするような声色で暴露し、私は恐怖の海に叩きつけられた。
「大山さんどうしました。顔色悪いですよ。」とキジ男は何処からともなく手鏡を出して、私の顔を写した。
鏡に映る私の顔は死人のように真っ青で、恐怖と不安が血中に溶けて体中を駆け巡った。
「あなたは何者なんだ。なんで私の事をそんなにも知っているんだ。」
キジ男は一度したを向き「それは教えられない。だが、あなたのような社会に心を潰されかけている迷える子羊を助ける事を約束しよう。だからその恐怖や不安と捨てていただきたい。」
「こんな不気味な部屋につれてきて、狂った野郎から話しをしたいとか言われ、人の個人情報をベラベラと話されて、恐怖心を捨ててくれとかあんたどうかしてるよ!!」
「今までの粗相は申し訳ない。でも、僕はあなたを救いたいんだ。」
「あんたが私を救いたい? 私がいつこんな気狂いに救ってほしいなんて頼んだ。人を馬鹿にするのもいい加減にして。」
私の体の中で怒りの業火が燃え上がり、さっきまでの不安と恐怖を飲み込で醜い灰となって消し去った。
「あなたは僕と同じ感じがしたんだ。信じてくれ。」キジ男は私の怒りに少し物怖じし、さっきまでの余裕はなくなっていた。
「同じ感じがした? 私があなたと?」
「あなたは近々自殺をする。」キジ男はまっすぐ私を見て言った。
普通の人なら”自殺をする”なんて言われたら癇癪を起こすだろう、だがその時の私はハッとした。
なんだか清らかなナイフで胸元を刺され、心地よい痛みが体中を走った。
「あなたは少し前の僕と同じなんだ。」
その言葉を聞いて、私は嫌な予感が蠢き、一人の人物が頭に陽炎のように現れた。
「まさか、あなた亮ちゃん?」
キジ男は少し悩み、キジの被り物を脱ぎ捨てた。
私の嫌な予感は的中した。
そこには、顔は真っ青で継ぎ接ぎだらけの人形のような、この世のモノではないような顔をした。小さい頃によく遊んだ大川亮介がいた。
「なんで、亮ちゃんがいるの!! あなたは昨年、過労で自殺したはずじゃなかったの?」
「僕は死んだ。僕は会社に殺されたんだ。」と言って大川亮介の不気味な顔面は、溶けてしまいそうなほどの熱い視線で見た。
「でも自殺をすることはないじゃない。会社を辞めればよかったんじゃないの?おばさん立つことができないくら悲しんでたんだよ。」
「全部知っているよ。空から見ていたから。でも、はるちゃんだって今同じ状況じゃないの?」
「それはどういう事?」
「会社で不当な扱いを受けている、はるちゃんの体の状態は昨年の僕と変わらないよ。」
私は胸元をナイフで刺されたような気分になったが、さっきの心地よい痛みとは違った。
完全に確信を突かれるているのに、体はその言葉を否定しようとしていた。
「違う、私はそんなんじゃない。」私は抵抗した。刺されたナイフを抜こうとするように。
「僕もそうだった。世間体や体裁ばっかかっこつけて不当な扱いでも我慢していた。会社をやめることは弱者がすることじゃないんだよ。今のはるちゃんにその勇気はあるの?」
大川亮介は抵抗する私に確信を突く言葉のナイフをどんどん刺してきた。
私は丸裸にされ、眼球から涙が溢れた。
「そんな勇気ないよ。だってどうしたらいいかわからないの、SNSを見ればみんな楽しそうに仕事をしているし、テレビをつければ女性の社会進出ついて熱く議論され、雑誌を開けばかっこよく働く女性についての特集され、正社員でまっとうに働いていないと私は社会に必要ないんじゃないかなって思うの。」
私は今まで体に溜まった不安や鬱憤という膿をぶちまけると、体がなんだが軽くなった気がした。
「よく言えたね。僕はずっと強がって死んでしまった。僕は愚かだった。だから、はるちゃんは我慢しないで勇気をだして、はるちゃんは絶対に社会に必要な人間だから、僕みたいな死に方はしないで。」と言うと大川亮介の体はどんどん透明度を増し、この不気味な部屋に無数の小さな光の結晶があたりを包み、強い光が私の眼球を襲い、まばたきを一瞬すると、アメシストのような紫の壁紙、マリリンモンローの唇のように赤いソファー、目が焼けそうになるくらいの深紅のカーテン、そして雑居ビルの中の一室を照らすには豪華すぎるほど綺羅びやかなシャンデリアは全て無くなり、そこには無機質な部屋が広がっていた。

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