『赤色の木々』

写真家の私は、最近どうもスランプ気味だ。
この一年は、「緑」というテーマでひたすら緑色の被写体を捉えてきたが、さすがにウンザリしてきたのだ。最近は、木の一本だって見たくない。近所の公園にすら行きたくない。
確かに自然的で、落ち着く色だが、どうにも躍動感がない。もっと、鮮烈なイメージを突きつけるような画が撮りたい。

私は、何かヒントを得られないかと美術館へ足を運んだ。そこではちょうど、ある新鋭美術家の個展が開かれていた。あまり興味がわかないが、構わない。私は作業のようにチケットを買った。
展示スペースに入ると、私は圧倒されてしまった。
赤い本棚に赤い本。
赤い花瓶に赤い花。
赤いコートに赤いシャツ。
眼前一帯が赤、赤、赤……。
体中を嬲られたような、居心地の悪い、しかし新鮮な刺激に満ちていた。
これだ。これではないか。私が一年で失ったものだ。

美術館を出ると、私はすぐ隣の喫茶店に入った。
興奮覚めやらぬままコーヒーを頼み、背もたれに倒れこむ。
あの感動を忘れてはいけない。あの刺すような感動を。私は刻みつけるように何度も反芻した。

しかし、どうすればあのインパクトを再現できるだろうか。
ためしに家中の赤いものを集めてみたが、どうにもピンとこない。
あんなに赤い風景が他にあるだろうか。ちょっと考えても思いつかない。
やはり、私は私の赤を見つけねばなるまい。そして写真家の言葉で語らねばなるまい。

それからは、長い旅が始まった。
朝はトマトジュースを飲み、
昼は街中の赤服を追いかけ、
暗くなると夕焼けを眺め、
全身に赤い光線を浴びて家に帰った。
ファインダーに赤色を。ファインダーに赤色を。
この世のどこかに、私の赤があるはずだ。
しかし一向に見つからない。なんの感動も起こらないのだ。私は途方に暮れた。

そんなとき、強めの風が吹いた。
びゅうびゅうと音がした。
それを受けて、遠くの木々が揺れ、枝が振れ、葉が流れた。さらさらと流れた。
私は、たまらず、公園のほうへ向かうことにした。

初めてコメントしてみます。他のショートショートとはどこか雰囲気が違って新鮮でした。どう違うかは私の語彙では表現できませんが、、誰かこの感覚分かる人いませんか〜

こんにちは! 自分にとっての理想の色を探す、という執着心がよく現れていたと思います! 最後の落ち着き方が、なるほど! と思いました!