『哺乳類の呼吸』

仕事がどうにも終わらない。
一人で抱えるには業務量が多いのか、それとも進め方が悪いのか。ともかく終わらない。
昨日は21時半、一昨日は22時、一昨々日は……帰宅時間を思い出すのはやめた。
結局今日も終わらずじまいで、しかし締め切りは月曜日で、今日は金曜日で、仕方がないから家に持ち帰ることにした。

最近なんだか胸が苦しい。何かがつかえているような、息苦しさを感じる。そしてそれは仕事の量と比例している気がする。一つ終わればそこには隙間が空いて、風が通るようにスッとするはずなんだろうけど、いかんせん増えていくばかりで一向になくならない。ギュウギュウのパンク寸前。

家に帰って自室でパソコンを開けたはいいが、まったく集中できなかった。どんどん内側から圧迫される感じ。そして作業をし始めてしばらく経つと、今度は目にかかる前髪が気になりだした。われながら集中力がない。
しかし本当に目に入って邪魔くさい。最近は忙しさにかまけて美容院にも行っていない。伸ばしっぱなしのざんばら頭。
ひとまずその辺に置いてあった髪ゴムで前髪を結んでおいた。そしてふと壁にかけている鏡に映ったそれを見て、何かを思い出した。

クジラだ。クジラの潮吹き。

疲れで思考回路が麻痺しているのか退行しているのかわからないが、唐突にそう思った。それから猛烈に気になってきた。潮吹きという行為は一体何のためか。恥ずかしながら知らなかったので、仕事を放り出してネットで調べた。これまでの作業に反して、その調べ物はものの数秒で見つかった。

クジラは哺乳類で、他の魚と同じようにエラ呼吸が出来ない。人間と同様、肺呼吸である。潮を吹くのは、呼吸をするため。

妙に感心した。やつらも私と同じ。あんなに大きな生物なのに、根底が同じだなんて。
いいなあ、と思った。
私も吐き出したい。新鮮な空気を、大きく吸い込みたい。ここしばらくの間、まともに呼吸をしていない気がする。
胸のつかえも全部、放出したい。

クジラの噴気孔は頭頂部にあるらしい。
私の噴気孔はどこだろう?
口?頭?
いつか溜まりに溜まった息が、そこから一気に放出されるのだろうか。いずれにしても何だかとてもどす黒いものが出てきそうで笑った。

そんなことバカなを考えながら、また仕事に戻った。

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