『名も無き雨』

空一面に灰色の雲が広がっていた。どんよりとした空気のなか、風は吹いていなかった。
しかし、その子供の耳にはビュウビュウという音が聞こえていた。
小鳥が子供に話しかけているが何を言っているかわからない。
しばらくすると、先の方におばあさんが見えた。
その子供はおばあさんのもとに降りたった。

家の階段を上ろうとしていたおばあさんはその子供に気付いて言った。
「ああ、坊や。階段を上るのを手伝ってはくれないかい?」
子供は頷き、手伝った。
おばあさんは階段を上り終えると子供に礼を言った。
子供は笑顔で返し、おばあさんの姿が見えなくなると一滴の雫を流した。

おばあさんのもとを離れる。小鳥が何か話しているが、ビュウビュウという音でだんだんと聞こえなくなっていった。先の方におじさんが見えると、そのもとに降りたった。

おじさんは酔っていて、その子供を見つけるとこう言った。
「ここは子供が来る場所じゃない!さっさとうちに帰れ!」
子供は顔をしかめた。
おじさんがそのまま車に乗り、走り去っていった。
子供は一滴の雫を流した。

おじさんのもとを離れる。もう小鳥は何も言わなかった。
子供は先の方におねいさんが見えると、そのもとに降りたった。

制服を着たおねいさんが話しかける。
「あらあら。子供はそろそろお家に帰る時間だよ。」
その子供は頷く。
「よし、気をつけてね。またね。」
おねいさんは手を振って、子供は笑顔で答える。
おねいさんが去ると、子供は一滴の雫を流した。

数時間前、その子供は部屋のテレビを見ていた。
そこにはおばあさんとおじさんとおねいさんの顔写真が映っていて、その横には「寿命」、「交通事故」、「通り魔」と無機質に書かれていた。

空一面に青空が広がっていた。雲ひとつなく、風も吹いていなかった。
その子供は部屋をあとにする。外に出ると小鳥が話しかける。
子供は小鳥を撫で、正面を見据えて翼をひらいた。
そして、一滴の雫を流した。

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