『少年のゆめ』

 青い空は僕の心を癒やしてくれる。さっきまでの緊張感は、もうどこか遠くへ行ってしまったみたいだった。
 古びたベンチがきしむ音、風が通り抜ける音、子どもたちの遊ぶ声。全てが平和な世界がそこにはあった。
 数時間前、僕はとても大事な会議に出ていた。出席者全員が、僕を恨むような目で睨みつけている。
 決定権は僕にあるのだ。今まで多くの者が僕と同じような立場に立ち、結論を迫られた。ノーと言った者は誰ひとりとしていない。ノーと言わせない圧力が、そこには確かに存在していた。
 結局、彼らは責任を誰か一人に押し付けられる形ができればいいのだ。
 怖くなって、逃げ出した。
 後ろは一度も振り返らず、ただただ走った。
 そして、気がつけば田舎町の寂れた公園にいた。
 僕はしばらく目を閉じて、ゆっくりと流れる平和な時間を楽しんだ。
 顔に冷たさを感じて、僕は目を開けた。
 少年が僕の前に立ち、シャボン玉を吹いていた。首には古びた一眼レフカメラがかかっている。
「おじさん、何かあったの?」言いながら、少年は僕の横に腰掛けた。
「どうして?」
「悲しそうな顔してたから。ヒーローは困っている人を放って置くわけにはいかないからさ」
「なるほど。君はヒーローなんだね」
「そう、この町と地球を守るんだよ」僕を見つめる少年の眼は、真剣だった。
「今日はお祭りなんだ。おじさんも行く?」
「残念だけど、夜までには戻らないといけないんだ」
 少年はあからさまにがっかりしたようだった。
「今日はなんのお祭りなんだい」僕は話を続けた。
「この町には夏になると神様が舞い降りるっていう言い伝えがあるんだ。その神様を迎えるための祭りさ。でもね……」
 少年は声のボリュームを落として、僕の耳元に近づいた。
「神様は宇宙人っていう噂もあるんだ」少年は笑った。
「君は宇宙人はいると思う?」僕は問いかけた。
「いるよきっと。もし見つけたら、このカメラで証拠を撮るんだ」
 少年は男にカメラを向けて、シャッターを切った。カシャリという小気味良い音が公園に響いた。少年は満足げに、シャボン玉を吹いた。
「おじさんはどうしてここにいるの?」
「逃げてきたんだ。良い大人がバカみたいだろ」
 少年はため息をついた。
「大人だって、逃げたいときは逃げればいいよ。みんな立派な大人のイメージにとらわれているだけさ」
「そうなんだけど、みんな逃げてた世の中は回らないよきっと」
 僕も少年と同じようにため息をついた。
「僕、特別な言葉を知ってるんだ」
「特別な言葉?」
「辛いときとか、悩んだときに唱えるおまじないだよ」
 少年は胸に手を当て、「ゼーゲン、ゼーゲン、ゼーゲン」と、ゆっくり大切に唱えた。
「これで、幸せに近づける」
「ありがとう。今度から使わせてもらうよ」
「じゃあ、そろそろ行かないと。祭りの手伝いがあるんだ。おじさんと違って、いろいろと忙しいからさ」
 そう言い残し、少年は走っていった。
 気がつけば、オレンジ色の光が眩しさを増していた。そろそろ戻る時間だった。
「ゼーゲン、ゼーゲン、ゼーゲン」
 僕は静かに、だけど確実に、一歩を踏み出した。
 仕事場に戻ると、僕は会議の出席者全員に丁寧に謝罪した。怒っているというよりは、呆れている顔をしていた。
 なんとか会議を再開してもらえるように、頭を下げた。
 そして、再び会議は開かれた。さっきよりも明らかに空気はピリついている。目線に熱があるような気がして、僕は何度か顔を拭った。
「やっと決断できたよ」
 会議室は静まり返り、次の一言を待っている。
「地球の侵略は、中止する」
 一瞬の間をおいて、怒号が飛び交った。何人かが立ち上がり、僕の方へ向かってくる。
「我々は、はるか昔から星を侵略して生きてきた!」僕は叫んだ。
「それを当たり前だと思っていたんだ。疑うことすらせず、そうするしかないというイメージにとらわれていたんだ」
「今ここで、生き方を考えるべきじゃないだろうか」
 僕の考えが揺るがないことがわかったのか、会議室は徐々に静かになっていった。
 それから数時間が経ち、宇宙船は地球を飛び立った。
 僕は宇宙船の窓から町を見下ろした。神社のあたりがキラキラと光っている。
「少しの間だけ、ステルスモードを解除してくれ」僕は運転手に頼んだ。

 初めての取材に、僕は緊張していた。「ゼーゲン、ゼーゲン、ゼーゲン」と家族にばれないようにつぶやいた。
 白髪頭の新聞記者のおじさんはいくつか僕に質問をした。
 僕は小学生で、この町のヒーローだということ。あとは好きな食べ物だとか、趣味だとか。
「カメラはいつも首に下げてるの?」記者のおじさんが言う。
「うん。お父さんがくれたの」
「それで、昨日のこの写真が撮れたってことか」
「そう。びっくりして、いっぱいシャッターを押しちゃった」
 僕は宇宙船が一番綺麗に写っている写真をおじさんに渡した。

昔作った動画を小説に書き直しました。 https://youtu.be/9WDLa8AKUYs