『幸福のセールスマン』

「せめて孫の結婚式だけは見たかった」
余命宣告を受けた老婆は主人に、夫婦で住んでいる一軒家の一室で人生最後の後悔を漏らしていた。結婚式まであと二か月という所で人生の最期を迎えてしまう老婆は憔悴しきっている。
「実はいい方法があるかもしれないんだ」
そう主人が言うと、一人の客人を招き入れた。

「私は幸福のセールスマンと呼ばれている、P社の営業部に所属しておりますAと申します。人生残り僅か、だけどまだ死にたくなという方に良い商品がありまして」
そうして商品カタログをバッグから取り出して開いたページには、幸福の箱という商品が記載されている。
「これは幸福の箱という商品でして、一辺が3メートルの立方体をしております。正面には人が一人入れるほどの扉がついておりまして、中に入って1分してからでてくるだけで20歳に若返る事ができる商品となっております」
「それはすごい。もしそれが本当なら孫の結婚式に出席することもできるじゃないか」
老婆は期待に胸を膨らませている。
「その様子ですと商品ご購入ということでよろしいでしょうか。実はもう商品の準備はできておりまして、初回限定で1回まで無料での使用が可能となっています。どうぞこちらへ」

日が沈んで暗くなった、家の前のひとけのない道路をふさぐようにそれは置かれていた。老夫婦は、いつの間に我が家の目の前にこんなものが運ばれてきたのかと不思議に思いながらも、期待を抑えることができずにセールスマンを急かしている。
「早く使わせてくれはしないか。今にも体が朽ちて倒れてしまいそうで辛いんだ。早く若返って今すぐにでも孫の顔を拝みたい。孫の笑顔を早く見たい。ばあちゃん元気になったんだよって安心させてやりんたいんだよ」
「わかりました、こちらへどうぞ」
そう言って老夫婦を扉の前に案内した。
「こちらの扉から入ってもらった後に私が扉を閉めますが、再度扉を開けた後に出てきてください。中に入ってから時間が経つにつれてみるみる若返る自分に、使用した者は喜びのあまり、幸福のおたけびと我々が呼んでいる笑い声をあげてしまう程です。では、中にお入り下さい」

扉が閉じられた箱の内部は真っ暗で何も見えない。そんな中、老婆は一人箱の中にたたずんでいる。しかし、時間が経っても今だ体に変化は感じられず、弱った腰は今にも折れてしまいそうだ。
「なんだ、なにも起きないじゃないか」
変に思った老婆がセールスマンを呼ぼうと声を出そうとした瞬間、何かに鋭利な刃物で喉を断ち切られた。
なにが起きたか分からない老婆は痛みに倒れ、声に出ない喘ぎを漏らしている。
そんななか、意識もうろうとしながら老婆は箱の中で、若かりし頃の自分とよく似た声の笑い声を聞いた。
「若い頃のあなたと私は、全く同一の存在。だから、私が幸せになることはあなたが幸せになることと一緒」
扉が開き始めたのか、光が少しずつ中に入り込んでくる。何かが扉から出ていく。主人からは箱の中が暗くて私には気づかないらしい。まだ生きたい。まだ。
そうして再び閉じられた。

「ああ、この綺麗な顔立ちは若い時の君じゃないか。夢が叶ったんだね、これで孫の結婚式にも行けるね」
主人は感動して、顔を赤く染めていた。
「うん、本当に良かった。私、夢かなったよ。そして、次はあなたにもこの箱を使ってほしい。そうすれば第二の幸せな、二人の人生が始められるのよ」
「もちろんさ。死の恐怖がない人生は、本当にたのしみだよ」

そうして主人と、若いころの老婆と同等のアイデンティティをもつ何かは、何世代も幸せな家庭を築いていった。

一言しか言わない。 上手い!!!