『また1000年後に会いましょう』

「1000年後の世界に興味はありませんか?」
大真面目な顔で言った医者の顔を見ながら、青年はお医者様にも頭のおかしい人がいるのかとぼんやり思った。

今年で24歳になる青年には、これといって得意なことはなかった。学校の成績は常に平均点ほど。運動ができるわけでもない。平々凡々を擬人化したような存在だ。
だが、青年には、非凡で貴重な特徴がひとつだけあった。丈夫すぎる体である。生まれてこの方風邪をひいたことがない。矯正器具いらずの視力。健康診断では「問題なし」以外の評価がされたことがない。

だからこそ、医者から呼び出された時は腰が抜けるほど驚いた。

ついに俺の体にもガタがきたかとビクビクしたが無駄だったな。青年は1人心の中で呟いた。

医者は真面目な顔で続けた。
「えぇ、あなたのお考えになることは分かります。きっと私の頭がどうかしてしまったとお思いなのでしょう。」
「いえ、そんなことは…」
「いやいや、気を使って下さらなくて結構。皆さん最初はそう思われます。」
「皆さん?」
「えぇ。皆さん。」医者は初めてニヤリと笑った。
「こいつは頭がおかしいに違いない。皆さま最初はそう思われます。」
ですがー 医者は笑みを深めた。
「最後には、皆さま全員がこの話を信じてくださいます。」医者は滔々と語り始めた。

近年、医療技術の発達とともに人間の遺伝子は弱くなっています。本来なら死によって自然淘汰される弱い遺伝子が次世代へ受け継がれることになるのですから、当然のことでしょう。
このままでは1000年後の人間は高度な医療無しでは生きられないほど弱くなってしまう…。
そんな事態を避けるべく、現在世界規模で「サウザンド・プロジェクト」と呼ばれるプロジェクトが進行しております。つまり、世界中にいる人間の中からとびきり健康で、とびきり素晴らしい遺伝子をお持ちの方を選出し、1000年後にその遺伝子を残そうというプロジェクトです。
選ばれた、未来に残すべき素晴らしい遺伝子をお持ちの方は、スリープケースの中で1000年間眠っていただきます。目覚めた後は、何不自由ない環境の中で子孫を残していただきます。あぁ、ご安心ください。無理強いはされません。貴方は、相手を選ぶ権利がありますし、それは何においても優先されます。もっとも、優れた遺伝子を持つ貴方に抱かれたいと、全ての女性からアピールされることは確実ですが…

「ーまさに酒池肉林の喜びを1000年後味わえるのですが、どうでしょう?1000年後の世界に興味はありませんか?」
青年はしばし黙った。なるほど、医者の言うことも一理ある。今現在のパッとしない生活から一転、プロジェクトに参加すれば華やかできらびやかな生活が1000年後待っているのか。悪くない。

「言い方を変えましょう。」駄目押しとばかりに医者は続ける。
「人類の未来のためにどうかこのプロジェクトに参加していただけませんか。貴方は選ばれたのです。」
その一言に青年は興奮した。健康以外に取り柄がない自分。何かに選ばれたことなどなく、今後も平々凡々な日々が続くだけだと思っていた。それがどうだ。自分は選ばれたのだ。優秀な人間として。人類の未来のために。

「…わかりました。参加しましょう。」そう青年が言うと、医者は飛び上がって喜んだ。このことは絶対誰にも口外しないよう、何度も何度も注意しながら、医者は青年を見送った。
その後、青年は会社を辞めた。理由は一身上の都合で通した。親には「旅に出る。もう帰らない。」といなくなる旨を手紙で一方的に伝えた。医者に言いつけられた通り、誰にもプロジェクトのことは言わなかった。

数日後、青年は手術台の上にいた。
術衣に身を包んだ医者が青年に話しかける。
「スリープケースの中で1000年間健康に眠っていただくためには、胃の中に栄養を送るチューブなどなど様々な器具を体内に取り付ける必要があるのは、もう説明しましたね。」
「はい。」
「今からはその手術をします。」
「…はい。」青年はやや緊張した声色で答えた。
「大丈夫です。手術後は麻酔の切れないうちにスリープケースに入り、そのまま1000年間眠っていただきます。痛みはありません。貴方の主観では寝て起きたら1000年後になっている、というわけです。」
「はい。」
「そろそろ時間ですので手術をはじめましょう。」医者は麻酔を青年にかけつつ、別れの挨拶をした。
「それでは、また1000年後に会いましょう。」

「手術は無事成功しましたよ。」医者は告げる。
「あなた方の娘さんは、もうこれ以上苦しむことはないんです。」
医者の言葉に、夫婦は涙をボロボロとこぼしながら、ありがとうございます、ありがとうございます、と感謝の言葉を重ねる。
「娘に臓器を提供してくださった方はどなたなのですか?ぜひお礼を…」涙を流しながら夫婦は問う。
「プライバシー保護等の関係でその質問にお答えすることはできませんが…」少し困った笑みを浮かべ医者は続ける。
「…自分の提供できる臓器は全て提供するような、健康で心優しい方でしたよ。」

私もこのお医者さんのように言われたら従ってしまいそうです。1000年後気になりますし。 最後が特に好きです。

>>久利さん コメントありがとうございます!気に入っていただけて、すごく嬉しいです!