『本物のタルパについて ~葉月心菜のないしょ話~』

まず最初に、私は葉月心菜(はづきここな)と言います。そしてこのお話は私のカミングアウトです。
いつか彼にこの投稿を見つけてもらう事を願っているのかいないのか、正直なところ自分でも良く分かりません。
ただ、わざわざこんな事を書いているという事自体、少なからず何かを期待していると言えるのだろうとは思います。

私はいつも常日頃から身に染みて感じているのですが、人間の想像力とは本当に際限が無いものですね。
皆さんはチベット密教の奥義と言われれているタルパという存在をご存知でしょうか。
人間が空想する事で別の人間を産み出すという術なのですが、タルパは現実的にこの世に現れるという類のものではなく、空想した人の脳内であたかも本物の人が居るような錯覚を自分自身にさせるというものです。
もちろん産み出した本人もその事は分っていますし、産み出された側も自分がタルパだという事は分っています。
ただ、この術の凄いところは、産み出した本人がタルパの事を空想上の存在だという事を分かっているにも関わらず、本当にそこにいるように感じているという点です。
タルパには本人の自覚レベル的に段階があって、声が聞こえるだけのタルパも居れば、実際に存在が見えるタルパも居ます(本人にとって)。
最終的には触れるレベルになります。ここまでくると本物の人間と大差ありません(あくまでも本人にとって)。
要するに、究極の超妄想的俺嫁なのです。もっと詳しく知りたい人はググると詳しく知る事ができます。

そして最初に私が彼と呼んだ人。その人は正真正銘のタルパーなのです。
彼は幼い頃から自閉症を発症しているのですが、産まれて1歳になる前から会話ができました。
しかし、年齢を重ねるうちにどんどん自分の世界と外の世界とのすり合わせ方が分からなくなってしまったのです。
2歳になる頃には言葉を忘れ、3歳になった時には完全に自分の世界の中だけでしか生きられなくなりました。
それでも残酷な事に時間は流れていくのです。
孤独な世界に閉じ込められてしまった彼は、自分の五感を通して感じる事を視覚的に認識する力が極限まで高められました。
どうも聞いた話によると共感覚と呼ぶようなのですが、彼の共感覚は少し特殊で、音が見え、匂いが見え、味が見え、感覚が見える上に、言葉も見えます。
彼に取っての思考とは、様々な視覚情報を混ぜ合わせる事によって起こる変化の事を指しています。
孤独だった彼はその異常とも言える想像の中でタルパを産み出しました。
その後タルパは孤独だった彼を精神的に支え、二人で力を合わせ外界との交流方法の模索が始まりました。

彼は徐々に確実に外界との情報伝達の手段を身に着けていったのです。
そして小学校の四年生から社会復帰するまでに至り、とうとう小学校に通い始めます。
しかし、残念な事に周りの生徒からはやっぱり普通の小学生としては見て貰えず、友達を作る事は叶いませんでした。
致し方無い事なのかもしれませんが、それでも彼は諦められず普通では考えられないある方法を思いつきます。
それは、自分自身を自分が産み出したタルパに乗っ取ってもらって社会生活を送るという常軌を逸した妙案だったのです。
そしてその妙案は見事に上手く行きました。そうやって彼は社会性を身に着ける事に成功したのです。

そろそろお気付きでしょうか。
彼のタルパこそがこの私、葉月心菜なのです。
あの時以来、彼は私の前から殆ど姿を見せる事はありません。
私は、もう一度、一緒に外界を取り戻そうと励まし合ったあの幸福だった時間を取り戻したいと思うのです。

はじめまして。素敵なお話をありがとうございます。 タルパ、という名前を忘れ検索してもわからず、という歯がゆい思いをしていたのですがあなたさまのショートショートで思い出すことができました。ありがとうございます。

コメントありがとうございます! 自分で読み返したときは、何だこれ?とか、キモイとかそういう反応なんだろうなと思っていたのですが、まさか素敵だと思ってもらえる人がいるとは夢にも思いませんでした。 とても嬉しいです。