『本当は』

 これは、夏休み真只中のある日、友人と行った心霊スポットで体験した話です。

「なあなあ、あそこってヤバイらしいな!」
終業式後に話しかけてきたのは、以前から仲の良い敦(仮名)でした。その頃クラスでは、近所の山の廃墟で霊を見た人がいるという噂で持ちきりだったのです。
敦はみんなでそこに行こうと、男子に声をかけていました。
「他に何人か行くんだけどさ、お前もどうよ?」
「いいよ。俺も行く。面白そうだし」
「まじで!でもほんとに大丈夫かよ……まじでヤバイとこだぞ?」
「分かってるよ。そっちこそ、びびって逃げ出すなよ」
                    
私がこんなに冷静でいたのには、ある理由がありました。
「じゃあ俺は、敦たちをそこまで連れてけばいいんだな?」
「そう。くれぐれもばれないようにねー?」
同じクラスの佳代子(仮名)に念を押され、通るルートを確認します。
 実は、肝試しの話を聞きつけた何人かの女子で、その心霊スポットに先回りして敦たちをおどかす、といういたずらを企画していたのです。私は終わったらジュースをおごってもらう条件で、仕掛けの場所まで誘導する役を引き受けました。

今にして思えば、私のそんな軽いノリが、あんなことを引き起こさせたのかもしれません。

そして当日の夕方五時、山の麓に私と敦を含めた六人の男子生徒が集まりました。

 廃墟に向かう道中にも、様々な仕掛けがありました。ちらっと人影が見えたり、どこからか女の子の笑い声が聞こえたりと、普通に考えれば「通行人じゃ?」と思いそうなことでも、心霊スポットの独特な雰囲気もあってか、みんな何となく怯え始めたようでした。
 私はというと、周りに合わせて怖がるふりをするときもあれば、実を言うと、本気でびくっとしているときもありました。なぜなら、佳代子たちの悪ふざけでしょう、事前の打ち合わせと違う場所でも何か起きることがあったのです。
 後でとっちめてやる。そう思いながら山を登り続けました。

そして、いよいよ問題の廃墟に近づいてきた時のことです。
「なあ……そろそろ帰らねえ?」
突然口を開いたのは佐倉(仮名)でした。思わず全員足を止めてしまいました。いつもは周りを盛り上げるムードメーカーが、あまりに真剣な顔つきだったのです。
「この際だから言うけど、俺霊感があるんだ。小さい頃から何度も見てる。ここはやめたほうがいい」
私は内心、ネタばらしをした後の佐倉の立場が無いなーと思いながら、必死に笑いをこらえていました。
みんなはしばらく顔を見合わせていましたが、その意見は聞き入れられず、結局佐倉はそこで帰って残りのメンバーで廃墟の中へと足を踏み入れました。

建物はコンクリート造りの二階建てで、入ってみると中は案外きれいでした。一階を見て回りましたが、ところどころにスプレーのいたずら書きがある程度です。
「なんだ、たいしてヤバイもんもねえじゃんか」
「だなー。とりあえず二階見て帰るか」
出発から三十分ほど経っていましたが、まだ外は明るく、何も起こらないのでみんなつまらなそうでした。
しかし、階段を上るにつれて、みんなの表情がだんだんとこわばってきたのです。
「なんか、暗くなってないか?」
確かに階段の奥を覗くと真っ暗で、かろうじてドアがあるのが分かる、という感じでした。
私はこの先に一番メインの仕掛けがあることを知っていたので、みんなを鼓舞しながら懐中電灯片手に進みます。

先頭だった敦が尻込みし、私がドアを開けることになりました。
キィー……と音を立ててドアが開きます。空気が張り詰め、後ろからはごくりと唾を飲み込む音が聞こえました。
中は、ひっそりと静まり返っています。
そして懐中電灯を向けると、部屋の中には……
何も、ありませんでした。
ふう、と息をついて後ろを振り向くと、
「あ……」
みんな口と目をいっぱいに開いて、ある一点を凝視しています。
ですが、その方向にも何も無いのです。
私が声をかけようとした瞬間、

「うわあーーーーーー!」

と、みんな私を残して、大声を上げながら階段を駆け下りていってしまいました。最後のはよく分かりませんでしたが、この様子だと、佳代子たちのいたずらが成功したようです。私も帰ろうと思って、一階の扉の前まで戻りました。
しかし、来るときには開いていた扉が、閉まっているのです。しかも鍵でもかかっているのか、押しても引いてもびくともしません。私は、後ろから近づいてくる女子に
「もう俺しか残ってないと思うし、鍵開けるように外の人に伝えてもらってもいい?」と言ったのですが、応答は無く、気付くと鍵は開けられていました。
外に出て佳代子たちを呼んでも誰も出てきてくれず、携帯も圏外だったので、そのまま一人で帰りました。
帰る途中にもう一度携帯を見てみると、もう圏外ではなくなっていて、二通のメールが届いていることに気付きました。一通は敦からで、私を残して行ってしまったことに対する謝罪、自分たちは異様な化け物を見たのだというような内容の文、そして明日みんなでお祓いに行こうという旨が書いてありました。
そしてもう一通、古い方のメールは、佳代子からでした。そこには、
「ごめんっ!メンバーが用事で全然足りなくなっちゃったから、今日のは中止にした!」と書いてありました。

そこから、自分がどうやって家に帰ったのかもよく覚えていません。

「明日、ちゃんと来れんのかな、あいつ」
「どうだろうね……まあ、自分の誕生日なんて気にしてる余裕はないだろうだけど」
「だな。しかし、みんな結構演技うまかっただろ?」
「確かに。特に佐倉君ね!え、実際霊感あったりしないよね?」
「ないない!ただ、アドリブとか入れたら盛り上がるかなーと思ってさあ」
「ほんとよかったよ!いやー楽しみだなー……ネタばらし!」

翌日、華々しいクラッカーの音とみんなのニヤけた笑顔の中で、私が膝から崩れ落ちたのは言うまでもありません。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。