『彼ら』

 彼らははじめ、群れをなし、広大な野山を駆け回って自由に暮らしていた。えさ場やねぐらの事で時々他の動物達と衝突することはあっても、お互いに共存を心がけ、穏やかな日々を送っていた。
 ある時、彼らのもとに、ひょろっと縦に長い二本の足で歩く動物たちがやってきた。彼らにも手足の区別はあったが、足だけで立つ動物など見たことがなかったので、彼らは少し警戒しながらも物珍しさにその動物たちに話しかけた。
「このあたりではみないかおだが、いったいなんのようできたのだ」
 しかしその動物たちは何も答えない。うるさそうに目線を寄越すばかりで、その様子はまるで彼らの言葉がわからないかのようだった。種族が違っても会話ができないなんてことも今までにはなかったので、彼らはさらに面白がった。
 すると、それまで黙っていたその動物たちが、突然仲間同士で何やら話しだした。しかも彼らにはわからない言葉で。彼らは少し不安になってきて、ジリジリと後退りし始めた。
 その動物たちがやっと彼らの方を向いた時、その手には火のついた木切れが握られていた。
 彼らは本能的に危機を感じ、皆一斉に、散り散りになって逃げ出した。
 しかしその動物たちは、あろうことか森に火を放った。そして逃げ出してきた彼らの先回りをして、一匹、また一匹と彼らを捕らえてしまった。
 そしてその動物たちは運んできた彼らの周りを木の柵で囲い、出られなくすると、彼らを残したままその場を去っていった。彼らはもう殺されてしまうのだろうと、怯えて震えながらその時を待った。
 だが、明くる日、再びやってきたその動物たちは彼らに山のような食べ物を与えた。彼らはまた警戒したが、恐る恐る口にした彼らの一匹が無事なのを見て、皆空腹に耐え切れず、我先にと食べ始めた。
 次の日も次の日も、彼らは大量の食べ物を与えられた。真意はわからない。森を焼き払ったことは自然への冒涜だ。しかし、危害を加える事はしないその動物たちを、いつしか彼らは許す気になっていた。
 しかし、ある時、彼らの一匹が気づいた。
「なかまがへっている……」
 そう、彼らは徐々に減っていた。眠り、朝目覚めると、誰かがいなくなっていた。
 そのことに気づき混乱した彼らは、その日の食事を与えにきたその動物たちに詰め寄った。
「わたしたちのなかまをどこへやった!」
 すると急にその動物たちの目つきが変わった。最初に、彼らを森から追い立てた時の目。そう思った次の瞬間、
 ばしん!
 と、太い太い木の枝で、先頭の一匹が引っ叩かれた。途端に彼らは怯えて、柵の端ぎりぎりまで逃げた。その動物たちはいつもの様に食べ物を置き、また去っていった。
 その晩、彼らの中で一番大きな一匹が言った。
「なかまたちをとりかえそう」

 それから彼らは、その動物たちに勝つための様々な方策を練った。
 まず、彼らはその動物たちの言葉を覚えた。いなくなった仲間達の行方を盗み聞きするためだ。彼らは頭が良く、毎日の断片的な会話からすぐにその動物たちの言語を習得した。
 そしてある日、ついにその動物たちが柵のそばで仲間の行方についての話を始めた。しかし、その話は彼らをさらに激昂させた。
 なんと、その動物たちは彼らの仲間を食べているようなのだ。しかも、丸々と太った者の肉を好んでいるようだった。やっとその動物たちの計画と、多くの仲間達の犠牲を知った彼らは怒り、嘆き、そして大いに悲しんだ。そして、なんとしてでもその動物たちに復讐することを誓った。

 結果、彼らの目的は果たされた。といっても復讐を遂げられたわけではない。その動物たちが自滅したのだ。彼らが悪戦苦闘しているうちに寒い寒い冬の時代が来て、その動物たちは耐え切れず滅んでしまったのだった。自分たちの手で殺せなかったことを悔いつつも、彼らはひとまず安心し、平和を喜んだ。
 しかし、どうしても喜べないこともあった。
 それは、彼らの容姿が憎きその動物たちに似てきたことだった。体はひょろひょろと縦に長くなり、二本の足だけで歩くようになっていた。彼らは対等に戦いたいと願うあまり、いつしかその姿を変えてしまったのだ。彼らは釈然としないながらも、その勇気と知恵でずっと生き残った。
 あんまり長いこと生きていたので、彼らの中には年老いてその悲劇を忘れてしまう者も出てきた。それに、彼らの子どもたちや孫たちにも、悲しい思いをさせたくなくて黙っていた。
 だから、その記憶を保っている者はどんどん少なくなり、とうとう最後の一匹が死んでしまった。

 
 時は流れ、彼らは今も生きている。
 だが、その暮らしは大きく変わってしまった。
 彼らは他の動物達を柵で囲い、
 豊かな食事を与え、
 食らって生きている。

 
 これを読んでいる君、鏡を見てみるといいよ。

 今でも生きる「彼ら」の姿が見られることだろう。
 

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