『暗い海、私は。』

厭な事があると、私はこの海に来る。

自宅から徒歩三十分。
何の特徴も無い、ただの汚い海だ。
塵は浮いているし、水は濁った鈍色だ。
でも、私の脚は決まって此処に向く。

来るのは決まって夜だ。
夜の海は良い。
汚いモノが何も見えないから。

黒く染まった海の中に私は視界を落とす。
何処迄も広く、何処迄も深い。
この身をその中に落とせば、きっと、私はその中に溶けていけるのだろう。

一歩。
また一歩と私を歩を進める。
もう一歩踏み出せば、私は・・・

しかし、私は、それ以上は進めない。
進まない。

きっとこの行為は私に対する最期の抗いなのだ。

私は瞳を月に浮かべ、そっと瞼を閉じる。

暗い海、私は。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。