『会話のリフォーム 』

金で買えないものは、昔よりも更に減った。
俺たちは、放った言葉と、それにまつわる歴史すら、書き換えられるようになった。耳を揃えて、代償さえ払えば。

会話のリフォームは、まあ、安い買い物ではない。修正したい会話の文字数、かけることの、言葉を放ってから経った時間、かけることの、その会話に関与した人数。それで、費用が決まるらしい。

見積もり金額は、給料約3ヶ月分だった。

4文字、かける、2人、かける、1週間。
代償として、これが安いのか、高いのか、俺にはわからない。

「出ていけ」だなんて、どうして言ってしまったんだろう。どうして離婚届なんて、渡してしまったんだろう。

すぐにカッとなってしまう俺のために毎日ミルクを買っておいてくれる人は、今や居場所もわからない。

仕事が忙しいだなんて、言ってる場合じゃなかった。

そもそも、なんで、見積もりなんて頼んだんだっけ。
いくら払うことになっても、彼女が戻ってくるなら躊躇わないのに。

一刻も早く会話をリフォームしてもらって、彼女に会いたい。抱きしめたい。

ルルルルル…

「はい、タケイ会話リフォームです」

「あのう、先程、妻との会話をリフォームする件について、見積もりをお願いした者ですが、ご提示いただいた内容でお願いしたくて。受付番号は、1122です」

「ええ、今からお調べしますから、ちょっとお待ちくださいね…えっと、あれ、おかしいな、個人情報が更新されていますね。あなたが妻と仰ったその方、どうやらつい先刻、離婚届でも出したらしい」

「そんなはずはありません。紗里です、山中紗里」

「たしかにサリさんですが、苗字はヤマナカさんではありませんね」

「何になっていますか?」

「それはお伝えできませんね」

「妻のことを聞く権利くらいあるでしょう?」

「いえ、今は、元妻、ですよね。条件が変わってしまったら、見積もりは無効になります」

「そんなはずはない!調べろ、よく調べろ。あるいは、番号が違うのか…サリ違い、そうだろう?」

「ご依頼者は、1122、ヤマナカ エイジさん」

「1122、ああ、俺だ」
「たしかに、それは、俺だ…」

カチャ

「紗里、いいのか、こんな風に終わるので」

低い泣き声を伝えるばかりとなった電話を置いて、男は言った。

「いいに決まってるでしょう?」
男の右手に自分の左手を重ねながら、女は言った。
「だって、あの人の依頼、これで通算?」

「20回目だね」
男は応える。ほのかに、女の髪が香る。

「記念すべき回」
女は呟く。反対の手は、男の顎に触れる。

「いいわよね」
女は、男の手と電話を、まるで飼ってるみたいに撫でる。

「何が?」

「出ていけって言わなかったら、今も紗里はここにいたはず、って信じられるところが」

男は女を抱きしめて、髪の香りが、豪雨のように流れ込むのを感じる。

それで竹井紗里は、急に空腹を覚える。

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