『惚れ薬』

 女性に対して異常に内気な男性Xがいた。男性Xはこれまで女性と交際をしたことがなかった。

 もちろん、そんな男性Xでも人並みに恋をした事はある。しかし、男性Xの恋は、いつも意中の女性を眺めるだけで、その先へと進展することはなかった。何しろ気が弱い。告白することはおろか、声をかけることすらままならなかった。恋をしたとき男性Xは、ひたすら女性から声をかけてもらうことを待ち続けるのが常だった。そして最終的には、オロオロしている間に、他の男性に女性を取られるのだった。

 ある行きつけのコーヒーショプで、男性Xは素敵な女性Aを見つけた。その女性を見た瞬間、男性は、心臓がドクンと高鳴り、体温がつま先まで熱くなるのがわかった。男性の目に映った女性Aは、まさに才色兼備だった。目鼻立はしっかりしており、身だしなみも、仕草も上品だった。その上女性Aは、胸元に弁護士のピンバッチをつけていた。完璧な女性だった。男性Xは是非この女性Aと交際してみたいと思った。だが、男性Xは、前述したように異常に気が弱い。この時男性Xは、今までの恋と同じようにオロオロとするだけだった。

 あれから男性Xは考えた。

 どうすれば女性Aと親しくなれるのか?

 男性Xは夜も寝ずに考えた。必死に考えた結果、男性Xのたどり着いた結論は「惚れ薬」だった。惚れ薬を作ってしまえば、簡単に女性Aを自分のものにできるに違いない。子供のような発想であったが、男性Xは真剣だった。

 男性Xは惚れ薬を作ることを決心した。

 まず男性Xは、様々な文献を調べた。

 記録によれば、古の時代から、媚薬は古代ローマやインド、中国と、様々な国で、様々な成分を使って作られてきていることがわかった。さらには、呪術を組み合わせることによって、その効能を一層高めることができるようだった。男性Xは先人達が残した記録をもとに、ありとあらゆる方法を試した。

 三年後、惚れ薬は完成した。その薬は、男性Xの作った特別な粉に、自分の体液を一滴入れる。といった、小説や漫画でよく出てくるありきたりな仕組みの薬だった。

 「これであの人を手に入れることができる。」

 男性Xは興奮を鎮めることができなかった。

 男性Xは女性Aを探した。女性Aは意外にも簡単に見つけることができた。男性Xが女性Aを見つけたのは、初めて見たコーヒーショップだった。女性Aもそこを行きつけのコーヒーショップにしていた。男性Xは毎日そのコーヒーショップに足を運び、惚れ薬を女性Aに飲ませるチャンスを待ち続けた。

 それから数日後、とうとう男性Xはチャンスを見つけた。女性Aがトイレのために、コーヒーカップを置いたまま席を後にしたのだ。このチャンスを男性Xが見逃すはずがなかった。すぐさま男性Xは、手にしていた惚れ薬を女性Aのカップに入れた。効果は抜群だった。トイレから戻り、一口コーヒーを飲んだだけで、女性Aは目の前にいる男性Xから目を離さなくなった。

 そこから先は男性Xが考えていた以上に簡単なものだった。女性Aの方から連絡先を聞いてきたのだ。才色兼備の女性Aから声をかけられる内気な男性X。その画はさも滑稽な画に見えただろう。

 果たして男性Xは、無事女性Aと付き合うことができた。

 しばらくは幸せな毎日だった。しかし、次第に男性Xは、女性Aよりも稼ぎが良くない事を悩むようになった。男のプライドというものである。男性Xは必死に働いた。だが、女性Aは弁護士だ。彼女の年収を上回る事は容易ではなかった。

 そこで、男性Xは自分が作った惚れ薬を売る決意をした。

 世の中、男性Xと同じ悩みを抱える人は多いようだった。市販された惚れ薬は、爆発的に売れた。あっという間に男性Xの年収は女性Aの年収の5倍になった。これで男性Xは満足のいく生活を手に入れた。

 才色兼備な女に、一生かかっても使いきれない金。男性Xの気分は最高だった。このまま一生幸せな人生を送れるかもしれない。男性Xはそう思っていた。

 だが、これでハッピーエンドとはいかなかった。なんと、女性Aの周りに、男性X以外の男の姿がちらほらと映るようになったのだ。男性Xは悩みに悩んだ。男性Xは女性経験に乏しい。不測の事態に対処する余裕なんてどこにもなかった。

 それでも男性Xは女性Aを愛していた。「才色兼備の女性が、惚れ薬のためだと言っても、自分を愛してくれている。それだけで自分は幸せじゃないか。何をそれ以上望むことがある?」いつしか男性Xは自分にそう言い聞かせるようになった。男性Xは女性Aの浮気性な性格も受け入れることに決めた。

 いつものように男性Xと女性Aがホテルのレストランで食事をしている時の事、突然一人の男が二人のテーブルにやってきてこう言った。

 「俺の女に何しやがる。」

 男性Xは「さては女性Aの浮気相手だな」とすぐ推知した。女性Aに愛されている自信があった男性Xはこう言った。

 「あなたはこの女性を自分の女だと思っているかもしれませんが、彼女は遊びであなたと付き合っているに違いありません。彼女が本当に愛している男は私です。お引き取りください。」

 しかし、男性Xの自信も、相手の次の言葉で崩れ去った。

 男はこう言った。

 「そんなはずはない。俺は今話題の惚れ薬を使ったんだ。」

コメントいただきありがとうございます。 返信が遅くなり申し訳ありません。 しっかり読んでいただきありがとうございます。

人の欲の怖さがわかる話でとても面白かったです

浮気はよくないとわかっていましたが、改めて考えさせてくれる話でおもしろかったです