『中毒者』

 この話は別世界にある「日本」という国で起こった話である。

 国中の人間たちがストレスを抱えて生活する時代になった。電車は田舎に行っても満員で、仕事は必要以上のサービスを要求される。また、せっかく自分で稼いだ金も税金でごっそり持っていかれる始末…。大人だけではない。幼い子供であってもお受験に習い事…。老若男女、ストレスの原因をあげれば気がないほどであった。人々は、少しでもストレスを軽減させようと、心の拠り所を探していた。

 そんな中、とある研究者Aがとんでもない論文を発表した。人間は幼い頃から過度のストレスを受け続けると、必ず何らかの中毒に陥るというのだ。その上、なんの中毒になるかは遺伝子に元々組み込まれており、子々孫々、その中毒は受け継がれていく。さらに、中毒を回避する方法は存在しないということであった。

 アル中や薬物中毒、ニコチン中毒は当然ながら、中には暴力中毒やセックス中毒など厄介な中毒もあった。

 人々は、子供を作るパートナーを容姿や性格ではなく、遺伝子で選ぶようになった。何しろ、厄介な中毒が遺伝していくのだ。誰しもが、遺伝子検査を受け、「誰にも迷惑をかけない中毒遺伝子」を持った人間をパートナーに選んだ。

 そうなると「元々厄介な中毒遺伝子を持った人々は、子供を作れなくなったのか?」という疑問が残る。いやいや、そんなことはない。彼らは彼らで子供を作り続けた。

 そこには自然に差別が生まれた。親が子供に「○○さんの子とは遊んじゃダメ」だとか「××さんに近寄ってはいけない」だとか言い聞かせるようになった。

 いつしか日本の中に、有害中毒者街と言われる集落ができた。その集落はどんどん広がっていき、市町村単位まで拡大した。

 こうなると政府は黙っていられない。論文を発表した研究者Aを含む政府関係者は、この社会現象を解決すべく日夜話し合いを始めた。いろいろな案が出た。「有害中毒者街の人間はパイプカットさせろ」だの、「有害中毒者街の周りにフェンスをしき、住人たちを隔離しよう」だの、その内容は人権無視といえた。しかし、日本には憲法がある。その中で基本的人権が謳ってある限り、そんなことは不可能であった。そんな中、研究者Aは非常に簡単な法律案を出した。

 「単純に刑罰を重くしてみればどうでしょう?今まで懲役刑で済むような犯罪を死刑にするとか、そういったことをすればさすがに有害中毒者達も犯罪を犯さないのではないですか?」

 その場にいた政治家や研究者は長い議論で疲れ果てていた。そのため、その意見に強い魅力を感じた。

 果たして、研究者Aの意見は採用され、日本の刑法は大きく変わった。これによって犯罪は減って行くだろうと思われた。

 しかし…。

 犯罪は一向に減らなかった。死刑になる人間達が増えただけだった。政府は急いで新たな法律を作り、死刑執行人を募集した。犯罪者の数に対して、執行人の数が圧倒的に足りなくなったのだ。だが、いくら刑罰だと言っても、人の命を奪うことに変わりはない。好き好んで死刑執行人になりたい人はあまりいなかった。募集をかけたところで、そんなに多く執行人候補は集まらず、死刑執行人の給料を上げても、人員はなかなか確保できなかった。

 また、あの研究者Aが言った。

 「いくら刑の執行と言っても人を殺すことに変わりはない。それをやすやすと引き受ける人間もそう多くないことでしょう。私が言い出した法律だ。責任をとって、私が死刑執行人の一人になりましょう。」

 死刑執行人は多すぎても困ることがないような状況だった。研究者Aは翌日に死刑執行人となった。

 死刑になる人々は増え続けた。給料が良いという理由で、死刑執行人になった人達は、多くの人を殺した罪の深さに精神を疲弊させ、続々と退職していった。

 そんな中、研究者Aだけはケロリとした顔で死刑を執行し続けていた。人々は彼を「悪魔」「鬼畜」「外道」など様々なあだ名で揶揄した。

 ある日、一人の男が、死刑執行をする研究者Aの信じられない独り言を聞いた。

 「ふふふ。殺人は実に気持ちいい。」

 研究者Aは生粋の殺人中毒者だった。

読み終わった後、なるほどなー!と叫んでしまいました。とても面白かったです!