「また捕まった?」
窃盗団のリーダーAは驚きのあまりコーヒーをこぼしてしまった。
「次は誰だ?」
「鍵師のとっさんだそうです。」
Bは項垂れ、言った。窃盗団と言っても、AとB以外にメンバーはいない。二人がいるこの部屋も月三万円、風呂トイレなしといったぼろアパートだった。お世辞にもルパン三世のような格好良さがあるとは言えない。
「家に風が入ったかとっさんが入ったかわからない、って言われるほどの居空きのプロだぞあいつは。そのとっさんが捕まったのか?」
Aは戸惑いが隠せないといった風だった。何より、とっさんはAの尊敬する居空きの一人だ。犯罪者を尊敬するとは妙な話だが、彼らの世界でもやはり腕のいい泥棒は尊敬されるのである。
「こいつは只事じゃないですよ。とっさんが捕まったとなれば、警察のレベルが上がったってことで間違いないです。そろそろ足を洗うときかもしれませんね。」
気が弱いBは言った。すぐに足を洗いたがるのはBの悪い癖だった。無論、空き巣としてはだが…。
「馬鹿言え!俺たちはあくまでも窃盗団だ。警察のやつにしてやられて黙っていられるか!」
AはBのセリフに激昂し、声を荒げた。リーダーシップはあるものの、感情のコントロールが下手なのがAだ。ちゃぶ台を殴ったAの拳はわなわなと震えていた。
「第一、足を洗って何をするんだ?学歴なし、職歴なしの俺らを雇ってくれるとこなんて世界中を探しても見つからないよ。」
「世界中探せば一つくらい見つかりそうだけど…。」
Bの消え入りそうな一言を遮るように、AはギラリとBを睨んだ。Aに見捨てられると、Bは何もできない。自分をよく理解しているBは、すぐに口を横一文字に閉じた。
「だいたいな、これから空き巣計画を立てようって時にそんな暗い話を持ってくるな。ほら、話を元に戻すぞ。次のターゲットはここだ。」
Aはそう言って、地図を広げた。亀のように首を伸ばし、Bは地図を見る。逆さまから見ているので、首を思い切り曲げた。その姿は阿呆と言って間違いがない。
「噂によると、ここの主人は銀行嫌いでな。すべての預金をタンスに入れてるって話だ。狙わない手はない。」
「へへへ。腕がなりますね。」
Bはヘラヘラ馬鹿のように笑った。Bの笑顔はいつもAを不安にさせる。Aは小さなため息をついた。
数日後、AとBの二人はターゲットである家の前にいた。時刻は深夜二時。泣く子も黙る丑三つ時だ。当然、この数日間でこの家について調べを終えていた。
ここの主人は、株などの有価証券で巨額の富を手に入れた資産家だ。普段家から出ずに、ずっとパソコンで市場の動きを確認している。寝る時間は十時頃。これだけの資産を持っているにもかかわらず、独身で彼女もいない。年は四十歳ちょうど。若ハゲで服のセンスはなく、一言で言うと「イケテナイ」。家の中は特別な警備がなく、金を持っているのに不用心この上ない。
その上、都合のいいことに、二日前からここの主人は旅行で家を空けていた。多少の現金は持って出ている可能性があるが、それでも二人が満足できる現金は置いているはずだ。さらに、絵画や時計などは持って旅行に行くわけにはいかない。金目のものは根こそぎ頂戴する予定だった。この道十数年の二人は抜け目がない。
二人は塀を乗り越え、簡単に敷地内に侵入した。
「よし、第一関門突破だ。しかし、これだけの屋敷なのに、セキュリティが甘いな。笑いが出るよ。」
敷地内に忍び込むのは、何年経験を積んだとしても緊張する。しかし、その緊張感やスリルが実に心地よく、一度この体験をすると空き巣を止められなくなる。悦に入ったAは鼻で笑った。
その時だった。庭の片隅に倉庫が立っているのに二人は気付いた。二人は吸い込まれるようにその倉庫に近づいた。
「なんだこれ?調査した時にこんな倉庫あったか?」
「いえ、僕も初めて見ました。なんですかねこれ?。」
二人は首を傾げた。その倉庫は即席の倉庫だった。最近ここに運ばれてきたに違いない。その証拠に、真っ白に塗られた金属の壁はピカピカに輝いていた。大きさは、縦二メートルに横五メートル奥行き二メートルといったところか。
「やたら気になりませんか?」
Bは言った。
「お前もか?俺もなぜかやたらと気になるんだ。これだけの金持ちが、ホームセンターに置いてあるような安物の倉庫なんて買うか?明らかにこの倉庫だけ周りの雰囲気に合ってない。その上この倉庫、電子音が鳴ってるよな?耳を凝らして聞いてみろ。」
確かにその倉庫はウイーンと小さな電子音が鳴っていた。
「確かに変な音がなりますね…。中を見てみますか。」
Bは吸い込まれるように倉庫に手をやった。
「もしかしたら、すごい額のお金がこの中にあるかもしれませんぜ。開けましょう。」
Bの言葉にAは素直に頷いた。百戦錬磨の二人だ。もちろん、どこかでこの倉庫が怪しいとは思っていた。しかし、二人はどうしてもその中身を見たくて仕方がなかった。
しばらく倉庫を眺めていた二人だったが、好奇心に負け、そっとドアを開けた。
「何も見えませんね。」
中は真っ暗で何も見えない。しかし、二人の好奇心はとどまることを知らなかった。
「お前、先行って様子を見てこい。」
「僕がですか?勘弁してくださいよ。行くなら二人で入りましょう。」
BはAの手をぐいっと引っ張った…。
「どうですか、弊社の開発したセキュリティシステムは?これならどんな泥棒もイチコロですよ。おかげさまで方々から好評いただいております。」
セールスマンの男はまた金持ちの家に営業をかけていた。
「これはぬすっとホイホイって言いましてね。近くを歩く人間の汗や心音を感知して、緊張した人間を見つけるんです。緊張している人間っていうのは特別な脳波が出ていることが最近の研究で明らかになってまして。その脳波に合わせた電波を放出するんですね。その電波が泥棒をおびき寄せ、侵入した泥棒を、特殊な粘着テープを張った床で捕まえるんです。ほら、この間も空き巣が捕まりましたよね?これもこの製品の手柄なんですよ。」
セールスマンが出した新聞には、鍵師のとっさんが写っていた。
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