『海中鉄道』

 がたん,ごとん,と規則正しく揺れる音.
車窓から見える景色は真っ暗な闇の中の,ぽつりぽつりとした謎の光だけだった.

「海鉄は初めて?」
首だけ向けて外をじっとみる姿が珍しかったのか,ロングシートの2つ隣に座るおばあさんに話しかけられた.
「ええ」
「それならちょっとがっかりしてるでしょう」
「…想像していたのとは違いますね」

海中鉄道.通称『海鉄』.
名前の通り,海の中に線路が存在する鉄道である.海峡や島々の間をつなぐために作られた.出来た当時は,観光場所の1つとして賑わったらしい.海鉄ができたのは私が生まれる前だから詳しくは知らないけれど,見かけた古いポスターの写真は青く透き通った海の中を駆け抜ける電車の姿で,綺麗だった.

 しかし,1時間くらい電車にゆられていくつか駅を通過しているけれど,見える景色はずっと一面黒1色だ.ポスターみたいな青色の美しい海は見えないし,車内に人も少ない.例えるならそう.
「なんか,田舎の夜の電車みたいです」
田んぼや畑だらけの田舎町で,少ない民家の微かな灯りだけがぽつぽつ見えるのによく似ている.車内の様子も,本数がなくても混雑と無縁の田舎の電車そのままだった.
 私の感想を聞いて,おばあさんは笑った.
「今は,深海を走ってるから暗いのよ」
「明るいところもあるんですか?」
「あるわよ.この先ももうすぐ浅くなるから」
それは楽しみだ.

「海鉄はよく使っているんですか?」
「たまにね.息子が島にいるから.あなたは何しにいくの?」
「友達に会いに行きます」
「そうなの」
景色が少しだけ青みを帯びてきた.同時に点々と見えていた灯りの正体がはっきりしてくる.
「電灯?」
ずっと見えていた光は地上で見る電灯とそっくりなものが発したものだった.ただ,地上のものに比べて,光がおぼろげで物は古いように見えた.
「そうよ.ああ,あなた知らないわよね」
なんのことかと首をかしげてみたが,おばあさんは微笑しただけだった.
15分ぐらい揺られて,外が水族館ぐらいの明るさになった.ずっと古びた電灯しかなかったけれど,明るい場所になってがらりと景色が変わった.

「…」

街だ.海の中に街があった.
それほど大きくはないけれど,道路も,ショッピングビルらしき建物も,公園もあった.そして,それらは街全体を囲うほどの大きなガラスドームに包まれている.ただ,ガラスドームには亀裂が入り,大きく穴が開いていた.
海中の都市はひどく寂れて傷んでいた.ビルの剥き出しになった鉄骨は赤く錆び,電柱は傾いている.そして廃墟を横目に魚が悠々と泳いでいく.幻みたいな光景だった.
「海底都市計画って,知らない?」
おばあさんは言った.私は首を振った.
「海鉄ができたてのときね,海に電車が走れるなら人も住めるんじゃないかって言って小さい町を作ろうとしたのよ.あのガラスドームは海水が入らないようにするためのもの.海洋汚染になるって反対も多かったんだけど,海鉄が人気だったから押し切って作ったの.でもね,だめだったのよ」
「街ができた最初の日,海底地震でドームのガラスが割れたの.すごい災害だった.そのせいで海鉄の人気もなくなっちゃった.前は観光客のほうが多かったんだけど,今はただ移動に使う人しかいないわね」
電車は街を走り,ほどなくして街の中心の駅に停まった.しかし,扉は開かないしアナウンスも流れない.
「この駅は,何かあるんですか?」
「この駅はね,追悼の駅なの.海底都市の災害で亡くなった人を弔うために,海鉄は停まるってるの.だから,降りられないんだけどね」
そもそもドアを開けたら海水が入ってきちゃうから,とおばあさんは言っていた.
私は,静かに手を合わせた.

「待ってたよー!海鉄大丈夫だった?」
あれから1時間,目的の駅に着くなり,ホームで待っていた友人に聞かれた.
「別に大丈夫だったけど…なんともいえない…」
私がよほど微妙な顔をしていたのか,友人は不思議そうにしていた.

帰りの海鉄は,行きとは違う路線を利用することになった.そしてその後,行きに利用した線は廃線になってしまったので,あの海底都市がどうなったかは分からない.

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