突然だか私こと、一ノ瀬琴音には現在彼氏がいる。
それが今私の目の前で、巨乳な女性とキャキャウフフしてる黒髪の男、菅生奏だ。
………お分かりいただけただろうか?現在進行形で彼と私は付き合っているのだ。にも関わらず悪びれる様子もなく、彼女の前で堂々と他の女とイチャつくこの図太い精神はどうすれば手に入るのだろうか…!?
とか言いつつも、だんだんこの状況に慣れつつある私が怖い。
そりゃあ、最初の方は怒って彼に問い詰めたり、女性を追い出したりしたさ。でも、人間って学ぶものなんだよ。(遠い目)
5回注意した辺りから、ああ、もうこの人はどうにもならないんだ…と悟った。別れる事も考えたが、切り出すまでに至った事は一度としてない。……それも全て、私が自分自身に自信がない事が原因なのだが…
ということで、私は考えた。
自信をつけて、カーストトップに悠々と君臨するようなハイスペ美人になろう、と。
そして彼をキッパリスッパリ振ってやろう、と。
名付けて『さらば平凡、カモンハイスペ美人作戦』だ!
3ヶ月程前に華の高校生になった私は、友達もある程度できたし、一人暮らしでの新生活にも慣れてきた。
だから今こそチャンスなのだ!
高校生=バイトが出来る=お金が貯まる=綺麗になれるアイテムが買える
なんて素晴らしい、高校生!これで約一年ノロノロズルズルと続いた奴との縁を切ってやる。
そう意気込み、私はバイトと自分磨きに没頭していくこととなる…
◇◆◇
『ねえ、最近なんか俺の誘いずっと断ってない?』
ピコンという軽快な音と共に奴からメッセージが来た。
奴の誘いは『今週あたり家来て』とかなりアバウトなものだ。それでいつ行っても大体女がいるのだから、いっそ感心する。
それでも前はNOと言えない性格だったので、行く以外の選択肢は無かったのだが。
今は、違う。
私は変わった。固そうだった眼鏡と一本結びをやめ、バイトで人と接してどういう人が受けるのか、どうすれば可愛くなるのか、方法を見て盗んだり聞いたりした。そしてそれらを積極的に実行し、雑誌でメイクの仕方、ファッション、最近の美容方法も学んだ。バイトでそうして積極的に話しかけたら、女子力高めな彼女達と友達になれた。そうして友達の幅が広がったことで、話しづらいと思っていた人とも共通の話題で盛り上がるようになった。
ジムにも通った。苦手な料理も毎日作ったし、家事もより完璧にできるよう本を見て勉強した。かなり高めの化粧品も使った。動画を見てハードなトレーニングも毎日頑張った。少しでも時間が開いたら、勉強に費やした。そうして死ぬほど本気で頑張って、今の私がいる。
最近、褒められる事がすごく多くなった。告白も月に3、4回される。でも、あいつはそんな事知らないんだろうな。私の学校にあいつから来た事は一度もないから。
私は今の私が好きだ。だからあいつの誘いを断れる。
明日はもっと成長できると思えるから。だからこそ、奴にさよならを告げよう。そうすれば私はもっと早く大きく成長できるはずだから。
『ねぇ、奏。話があるから公園に来て。』
◇◆◇
木々が紅く色づき、優しくてどこか寂しい風が私の髪を揺らす。
公園に到着し、少し見渡すと公園のベンチでスマホをいじっている奏の姿を見つけた。
ゆっくりと歩き出す。
怖くない、不思議と落ち着いている。前は好きで悲しくて悔しくてたまらなかったのに。今は大丈夫だ。
それが嬉しくて笑顔のまま、奏に声をかける。
「奏、久しぶり。」
イヤホンを外して顔を上げ、目が合うと奏は目を見開いた。
「は……こと、ね?」
信じられないという顔の奏が面白くてクスクス笑う。
「そうだよ。3ヶ月ぶりだね。…隣、座っていいかな?」
「あ、ああ……」
瞠目している奏をスルーして、座る。
すっと真剣に切り出す。
「ねぇ、奏。ーーー私と別れて。」
「は………」
「もう、終わりにしよう。……私はあなたといて、苦しかった。浮気されて辛かった。…それでも断れなかった、やめられなかった。」
私の悲痛な声を聞いて、顔を歪める奏に、一度目を伏せてから悪戯っぽく笑って見せる。
「ーーーでもね、本当はもう全部どうでも良いんだ。貴方はどうあれ、私が成長するチャンスを与えてくれたから。
だから、ありがとう奏。でも、もう別れよう。じゃないと私はいつかまた過去に飲み込まれてしまうから。」
私達の間に深く思い沈黙が流れる。
やがて奏が俯いて声を殺して泣き出した。もしかしたら、少しは悪いと思っていてくれたのかもしれない。もしかしたら、私の言葉が届いたのかもしれない。
そうであれば良いな、と思う。私のようにこれが成長するキッカケになれば良いな、と。奏が成長したらきっと人をたくさん笑顔にできると思うから。
だから、さようなら。奏。
◇◆◇
「好きだ、琴音。俺と付き合って下さい。」
すらりと美形に成長した奏が、私に言う。
君のお陰で変われたと、君と結ばれたくて変わったと。
「今でも最低だったと、思う。君に、ひどいことをしてしまった。」
「…いいえ。奏は変わったわ。会社での仕事や接し方を見ても人を傷つけないように、丁寧に一つ一つこなしているのが分かるもの。…ーーー本当に、素敵になったわね、奏?」
「っ、そうやって、いつも君は俺の心を軽くしてくれた。それが好きで俺は甘え過ぎてしまった…。過去のことは巻き戻せない……だから、どうか、俺にもう一度チャンスを与えてくれないか…?」
伺うような視線を受けて、苦笑する。
「『もう一度』ではなくて、新しくやり直しましょう?成長した貴方と私なら、きっと幸せになれる。そんな予感がするから。」
どう?と視線で問うと、奏はそれはそれは嬉しそうに破顔した。
ーーー人は何故、傷つけ合うのだろう?
それはきっと苦しくて、辛くて、悲しい。
けれど、そこから生まれる幸せも、成長もあるのだろうと、今は思える。
さぁ、一歩を踏み出そう。
愚かで愛しいこの世界へ、心からの感謝と勇気を送る。
そうして、今日も私は人生を歩み続ける。
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