『それは小さな匣の中で』

私は今必死に締め切りに追われながら原稿を描いている。
雑多なストーリーの流れをネームと言われる下書きで作り、いくつもに砕かれた匣の中に人や物の形をした何かを書き込んでいく。それが出来たらその下書きを詳細なものに創り替え、鉛筆描きだったそれに墨が入れられていく。
私はいわゆる漫画家というやつだった。
キャラクターやストーリーを考えては描き出し、人物達に息を吹き込むお仕事。作品によってはこの子はあの子にホレたりだとか、戦ったりだとか、殺されたりだとかを決めてやる。私の場合、あとはなるべく自由にその人物のしそうなように動かしてやる。キャラクターありきの漫画を描くタイプだ。
そうして作りあげた漫画は毎週毎週窮屈そうに複数の話を詰め合わせた雑誌に掲載される。
完成した見本誌を摘む。ページをめくればコマコマコマコマコマ。たまには真っ白なページがあってもバチは当たらないんじゃかいかと思った。
見本誌には私よりもずっと上手でずっと面白くてずっと描き込まれた作品達にまみれているので、嫉妬深い私は自作品にミスがないかだけをチェックして、その雑誌を放り投げた。
世の中にはいろんな人がいると同様、この雑誌にはいろんな漫画が詰まっている。もっというならこの雑誌だけでなくいくつもの雑誌にもっといろんな漫画が詰まっているし、雑誌に限らなければ、同人誌にWeb漫画、SNS上に公開されたもの、更には誰にも見せていないけれどもこっそり自己満足のために描いた机に仕舞ったノートにまで世界は広がる。
それも全部コマコマコマコマ。
漫画という世界は窮屈なコマの中にある。
だというのに、そのコマの連続で世界は続く。ただのひとつのコマの連続によって世界は無限に広がっていく。この世界の中の住人は自分たちが区切られたコマの中で生活しているなどとついぞ思わないのだろう。
毎週毎週締め切りに追われ、ギリギリまで部屋に篭ってほとんどの時間をコマの前に費やす私達の方がよっぽど窮屈なのではないかと思ってしまう。
部屋という四角い空間の中で過ごす私。まるで部屋とはコマのようではないか。
もしかすると私だってコマの中で過ごしているのかもしれない。
部屋というコマ、トイレというコマ、お風呂というコマ、1歩外に出たところでもしかすると私の視野に広がる世界のみでコマが形成されていて、曲がり角を曲がりでもして視界が変われば、コマを跨いで違う世界に飛び込んでいるのかもしれない。
漫画の住人達が、自分達は自由に動いているかのように振る舞うのと同じく、私だってもしかすると誰かに描かれて誰かに決められて誰かにコマを跨ぐよう決められて、行動しているのかもしれない。
時々ふと目線を感じる時やどうしていいかわからなくなる時がある。動きが止まって、次の動きの指示を待っているかのような。
指示待ち人間だとかそれ以前に、それ以降がまだ創られていないかのようなーーーー

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私達は今必死に締め切りに追われながら原稿を描いている。
雑多なストーリーの流れをネームと言われる下書きで作り、いくつもに砕かれた匣の中に人や物の形をした何かを書き込んでいく。それが出来たら、その下書きを詳細なものに創り替え、鉛筆書きだったそれに墨が入れられていく。
今回のストーリーは「自分が漫画だと気付いてしまう主人公」の話なんてどうだろう。
メタな展開なのは承知だが、まだオチが思い浮かばない。
下書きを途中で止めたまま、私は頬杖をついてため息をついた。

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さて、私達は今必死に締め切りに追われながら原稿を描いてーーーー

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