『不透明』

三畳一間の部屋の中、僕は一人歌を描く。
あの頃と変わらないようにひたすらに歌を描き続けた。
君がいつ帰ってきてもいいように。
あの日君と描いた夢が飲まれてしまわないように。
僕は必死に描き続けた。
君を真似て歌ってもみた。
でもやっぱりダメだった。
足を止めてくれる人すら居ないんだ。
「君じゃなきゃダメだったよ」
何も無い宙にそう呟くと、机にペンを置いた。
そんなことは、とうに分かっていた。
分かっていたはずだったんだ。
どんなに夢を追いかけても、売れないなら努力はなんの意味も無い。
君と僕の音楽には意味があっても、僕の音楽には意味が無いんだ。
僕は帽子を被ると、家を出た。
昔、君と歩いた田舎道。
くだらないことを話しながら帰り歩いたこの記憶でさえも、今の僕には辛かった。
廃れた駅の改札を潜り、ホームに出るとちょうど電車が来るところのようだった。
滲む視界の中で、君と過ごした思い出が頭をよぎる。
いつだって笑っていて、それでいて心から楽しそうな君の顔が僕は好きだったんだ。
いつまでも君には笑っていて欲しい。
今の僕に残されたたった一つの願い。
「だいぶ擦れちゃったな」
そう言うと僕は線路に飛び込んだ。
鳴り止まない蝉の声が、いつまでも響いていた。

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