『幸福』

人間の命とはなんと短いものなのだろうか。
たった百年あまりで老いて死ぬ。
そのくせして、心の奥深くに入り込んでくる。
なんと自分勝手な生き物なのだろうか。
そして、なんと切ない生き物なのだろうか。
「お嬢様は心優しいお方ですね。こんな老いぼれなんぞに涙を流してくれるとは」
ベッドの上で横たわる白髪の老人は笑う。
「当たり前だろ。お前は私の執事なんだぞ。私がいいと言うまで死ぬことも許さん」
老人はハハっと乾いた笑いを上げた。
そして、しわくちゃになった手で私の頬を伝う涙を拭う。
「それはまた手厳しい。では少しばかり、お暇を頂きたく思います」
老人は息も絶え絶えに言うと、頬に当てていた手が崩れ落ちる。
私は大きな声で泣いた。
いつか終わりが来るのは分かっていた。
けれどこんなにも突然終わるなんて思いもしなかったんだ。
溢れ出す感情を必死に止めようとするけれど、止めようとする程に勢いを増す。
「人間なんて嫌いだ…。大っ嫌いだ」
そう叫びながら、私は老人の手を握り続けた。
しばらくして、私は泣き腫らした目を擦りながら立ち上がる。
「今までありがとう」
そう言うと、部屋を後にした。
ベッドで眠る老人は、これ以上無いくらい幸せそうに笑っていた。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。