『春は泣く』

近所の小学校裏の道は、昼間でも日が当たらない。夕方になれば学校帰りの小学生だとか犬の散歩にでてきた人でそこそこ賑やかなのだけど、お昼頃は目立った人通りが無いのでいつもしんとしている。それは不気味なほどではないにしろ、薄暗くてどこか寂しげにみえる。
でも、春だけは違う。その道には小学校内に植えられた桜並木がある。暖かくなると桜の花で道はかわいらしい薄紅色に染まるのだ。私は静かな道も嫌いではなかったけれど、春の道は一等好きだった。
毎年美しく桜は咲いた。

ある日、私はその道を通った。よく晴れた暖かい日だったが、平日の昼なのもあってか私の他に人はいなかった。
満開の桜は、日陰のなか風に揺らめいていた。この季節だけの華やかな景色のはずだった。
辺りは静かだった。風に揺られ、花びらが舞い落ちる音すら聞こえるほどに。
ぱたり、ぱたりとかすかに聞こえる音が、可憐に舞い散るひとひらが、まるで涙の一滴のように私には見えた。日陰で青みがかってみえる花びらが、儚くて、寂しい。

どうして泣くの。
不思議な疑問が湧いた。泣いている、なんて私の想像で事実ではないのに。
桜はその後、週末の雨に流されて散った。裏道は元のひっそりとしたものに戻った。また来年だなと私は思った。

その年の夏、私はもう一度その道を通った。そして、気づいた。この時期、青々と茂る桜の葉がないことに。
「校舎の建て替え」。看板にはそう書かれていた。ここの桜は切られてしまったらしい。
「もう会えないね」
工事の白いフェンスに向かって呟いた。

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