『78%』

 朝焼けに君が隣にいないことなど僕にはわかりきったことでそれすら不感症な虚無になり変わっているのだから僕は脱け殻でもあれば良いと鍵を掛けて家を留守にした金曜日の夜中。

 君はいつか机に置き去りにした手紙についてを僕に話した、「これは私の利き手でない切り離した左腕だ」と。
 君はだからいま左手すらもない状態でふらふら、ふらふら夜中の慟哭にいるはずなのだと僕は思っている。

 眺める踏み切りの錆びた臭いに僕はいつも世界の終わりを考えてみる。
 1999に終わることのなかった息をするこの踏み切りも、酸素も二酸化炭素も、終わるはずだったのだからいつだって足りていないような気がして眩暈がする、鉄分が不足して本当はこの難聴のような耳鳴りに耳を塞ぎたくなる。

 頭の奥のその悲鳴に似た響きに冷めていく景色など灰色でしかない。

 眠れない、眠れない、と喚く君を宥めるような優しい時間にじっとりと溶けてしまったあの錠剤の名前はなんだったのか。静脈に注いだはずの冷たい夜は今や排泄され、霧散し融解して僕の呼吸は止まってしまったのかもしれない。この世界は息苦しい。ねぇ、凄く息苦しいよと先の信号機は青になる。

 君は今頃どこかで過呼吸に生き急いでいるかもしれない。
 君は誰の網膜に濡れているだろう、それくらい考えられる感傷だってある。君へ湧いてくる蛆虫のような生物はいつか心臓を全てたいらげるかもしれない。

 だけど、先が遠く視界が78%になるほどには、僕だって疲れているよ。

 這って行こうとあの交差点には届かないなという危険信号に僕は耳を塞いでしゃがみこむ。どこにも意味はない、耳鳴りというのは頭の中の化合物に電子回路の気が狂ってしまっただけの話だから。

 誰だってそう、身体には液体が流れ酸素と水が必要だから、冷えていく僕の方が脱け殻だったんだよ。
 誰だってそう。冷たいものよりも温かいもので充たされたいものだから、君の体温は35.4°の傾斜で丁度良く僕を包み込んでくれた景色があった。

 誰だって、そう。

 掴んだその手がとっくに血塗れだなんて、温くてかさかさでどうだってよかったんだ。

 最上階からの景色はどうだったんだいといま僕は少ない酸素で君に思う。君は冷たいほどに暖かかった。

 君に殺されても僕は息を止めやしない。

 貧血が貪欲になる。新しい息が吸いたい、あのベランダの向こうの紫煙はいつも噛まれている。僕が知っている君の唯一知っている癖。

 それは欲求不満なんだよと言う僕のインチキに笑った君の笑顔の黒子の位置は誰にでも愛されるのだろうけど、君は左腕にある小さな黒子は嫌いだと僕に言っていた。

 雨の予報、あの窓の向こうに溢れる-195℃はこの溶けた想いを殺してしまうだろうか。知っている。それが夜の終わりだということを。

 空を無くして行く。

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