『微睡みの箱庭』

「八分咲き...にありんすね」

 からりと格子戸を開けると、淡い襦袢に身を包んだ姉様は眩しそうに目を細める。

 この吉原にも春が訪れて数日、見世の庭の桜の大木も生命を吹き込まれたように花を咲かせ始めた。春の名を持つ姉様はずっと開花を楽しみにしていたようで、毎日毎日御簾の外に出ては桜の木を見に行っていて。
「姉様、誰かが見ているとも知りんせんよ」
「この大見世、結城楼の昼時に客などおりんせんよ。昨晩の客も、先程大門まで見送りに行きんした。...そうだ、紅葉。そろそろ振袖新造でございんしょう。わっちの紅色の襦袢を用意させてありんす」

 行きんしょう、と部屋に戻ってしまった姉様と、そんな彼女にふわりと微笑む春の光。

 ...大見世の呼出・山吹花魁と、その禿・紅葉。この国の日和にちなんだ名を持つ私達は、幼くして売られた実の姉妹。

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