『夫と妻の記念日』

 仕事から帰ると、妻はいつになくめかし込んでいた。
「まさか忘れたわけじゃないでしょうね」
 しまった、うっかりしていた…確か…「そう、今日は結婚記念日だ」
「覚えていてくれたの?」
 が、プレゼントを用意していない私は慌てた。ここのところ仕事が忙しく、つい家庭のことに神経が回らなかった。妻はすねたような顔をしている。
「ご、ごめん」
 私は頭を地につけるようにして詫びた。
「まあいいわ。それよりもあなた、私に隠れて女を囲っているでしょ」
 不意打ちを食くらわすような妻の鋭い質問に、心臓が止まりそうになった。
「な、何で知ってるんだ!」
「いくら隠そうとしても、そういうことはちゃんと耳に入ってくるわ」
「いや、君に隠していたわけじゃないんだが……」
「本当かしら。まあいいわ、会社では結構ブームになっているらしいから」
 きつい皮肉である。私には言い訳のしようがなかった。
「綺麗な女だったけど、観賞用なのかしら?」
「き、君。見たのか」
「さっき、払い下げしてきたの。今、お風呂場にいるわ」
 私は、その言葉を最後まで聞かずに、無我夢中で風呂場に駆け込んだ。
 バスタブの中に、私の女がロープで縛られて転がされている。涙に濡れた黒い瞳で何か訴えようとしているが言葉はでない。
 私は絶句した。
「いいものばかりを食べさせてずっと可愛がっていたようだから、誰よりもまるまると太っておいしそうだったわ。女の霜降りは栄養価が高すぎて、ダイエットには向いていないんだけどね。今日は特別の日だから……」
「まさか……!」
「何言ってるの、女を飼うのなら食用にしてちょうだい。維持費だって馬鹿にならないでしょ。今回はこれが私へのプレゼントという事にしてあげるわ」
「そ、それはないよ……」
 私は半泣きになった。しかし、妻は容赦なかった。
「女を飼うなんて、もっと稼げるようになってからにして。だいたい、スーパーに行けば、女の肉なんか切り身で売ってるんだから」
「ーーな、なんてひどい、結婚記念日だ……」
 私は口の中で呟いたつもりだったが、耳はしこい妻にはその声も聞こえていたらしい。
「正確に言うと、今日は結婚記念日ではないわ。あなたが夫、私が妻という一生の役割分担を決めて契約を交わした日よ」

 遺伝子工学が高度に発達した現在、もはや「女」は観賞用のペットか食用でしかない。しかし今でも「家庭」の原型は「女」が男と共存していた頃のはるかな記憶を基礎として成り立っているのである……。

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