『決闘 嵐が丘』

男はついに、憎き相手に決闘状を送りつけた。
 日時と場所を明記して、なおかつ「逃げるなよ卑怯者」と挑発の言葉を添えた。相手が臆病者でない限り必ずこの決闘に乗る事だろう。
 問題は決闘方法だ。方法の決定は決闘を承諾する者に権利がある。そうでなければアンフェアだからである。
 もちろん武器での決闘なら、拳銃でも剣でも不安はない。たとえクイズのような頭脳勝負でも尻込みすることはないだろう。しかし、相手は拳法の達人だと言う噂である。素手の勝負に自信がないわけではないが、拳法で勝負となると必殺の作戦が必要となる。
 そこで男の練りあげた作戦、それは「目潰し」だった。
 人差し指と中指の二本を突き出して相手の目を突くのだ。目は人の器官の中でもっともひ弱で鍛えようのない急所。そこさえ潰せば、拳法の達人といえども子供を相手にするに等しい。
 男は自室に紙で切り取ったメガネを吊り下げ、昼夜を問わず何百回、何千回もそれを的確に突きぬく練習を繰り返した。そして最後には、自分がどのような体制であろうと、百発百中の精度で敵の両目を瞬時に突き潰す技が完成したのである。
 さらにこの男の狡猾なところは、自分の必殺技が「目潰し」だという噂を町中に振りまいたことである。相手は必要以上に目潰しを警戒するだろう。そして最初に放った目潰しをガードされたとき「金的蹴り」というさらに恐ろしい技が爆裂する事になる。それは「目潰し」をフェイントにした、二段構えの戦法だった。
 いよいよ決闘の前日、男はつむじ風の舞う嵐が丘に佇み、不敵な笑みを浮かべていた。万一の場合に備えて、落とし穴も数箇所掘っておいた。すでに万全の備えができている。もはや自分を倒せる者は、世界中にひとりもいないだろうとさえ思った。

 決闘相手は、時間に遅れてやってきた。
 それは一種の心理作戦だったが、必勝の自信が男を冷静にしていた。
「今さら、どんな手を使っても無駄だ。さあ、決闘方法を選べ。武器か?それともお前の得意な拳法か?」
 相手は弱々しくそれに答えた。
「ジャンケンでお願いします」
「な、何」
 言うが早いか、相手は間髪を入れぬ素早さで「ジャンケン、ポン」と叫んだ。
 ああ、なんと言う皮肉。それはどうしようもない条件反射だった。

 敵の手はグー!
 しかし男は、あの血の出るような訓練のおかげで、チョキしか出せなくなっていたのである。

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