『感情』

この世界に生まれ落ちて
ただの人形として生きてきた
どんな命令も遂行する無感情な人形として

それなのに何故だろう
撃たれたわけでもない
刺された訳でもない
今まで受けたどんな痛みよりも胸が痛い
どんな苦痛よりも胸が苦しい
視界も歪んでうまく見えない

「全く随分と泣き虫になったねぇ…」
そう言って笑う彼女がとてもちっぽけに見える
彼女に声を掛けたいのに嗚咽するような声しか出せない
「お願いだ…死なないでくれ」
痛む胸を抑えながらやっとの思いで出た言葉だった
彼女は優しく微笑みかけると濡れた僕の頬に手を当てる
「私が居なくとも…しっかりと…自由に生きるんだよ…。あなたを愛してる」
そう言うと頬に当てていた手が崩れ落ちる
僕はまだ温かい彼女を抱き寄せると腫れた喉を枯らすようにして泣いた

その後のことはよく覚えていない
あれからどれだけたったかも分からない
ただ、気がついたら冷たくなった彼女の手を握って考えていた

生きるってなんだ
死ぬってなんだ
優しさとは
強さとは
愛って一体なんなんだ

僕は必死に考えた
彼女が最後に残してくれたその言葉を
その想いの意味を知りたくて

「ああ、そうか」
暗闇を見つめ呟いた
これが、これこそが感情なのだろう
彼女の言葉の全てはまだ分からないけれど
その鱗片程は理解できた気がした

「ありがとう」
冷たく横になる彼女にそう告げると僕は小屋を出た
彼女の墓を建てたら旅に出よう
彼女がくれた愛を知る為に

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