『ヨコハマ・ミッドナイト』

 ふわりと鼻腔を掠めた海風のその先…煌びやかな夜を溶かしてさざめく水面は、僕達とヨコハマとを隔てて鮮やかに嗤う。

「今日は有難う、ここに連れて来てくれて」
 芝生に腰を下ろした僕の隣で、手を繋いだままの彼女はたおやかに微笑む。
 ナチュラルなメイクに緩く巻かれたセミロング、微かに赤らんだ頬。蠱惑するよう夜をまとった唇の紅は、華やかなヨコハマの光によく映えていて。
「…あの時差し出して来たカクテル…そういう意味だろ?」
「…分かってたんだ。そうだよ。『Yokohama』のカクテル言葉は『海が見たくて』。…本当はね、海が見えるなら場所の希望は無かったんだけど…まさかここを選んでくれるなんて」

 この時間のメモリアルパーク、実は来てみたかったんだ。

 夜の色を瞳に移して柔らかく笑うと、彼女は「ねえ見て。今日の日本丸、帆が広げられてるよ」と、澄んだ闇と佇んだ運河の狭間を無邪気に指差す。
 …本当はずっとここに連れて来たかったと告白したら、彼女は僕を笑うだろうか。
 景色を見下ろす高層ビルとは違って、等身大のヨコハマの夜を見る事が出来る場所。
 壮大な光とちっぽけな僕達、この街の大きさを改めて知らされるこの公園に。

「…ねえ、話があるんだけど」
 なんて彼女に声を掛けながら、僕はポケットに忍ばせた小さな箱をおもむろに取り出す。
 まだカクテルの残る火照った頬を、艶やかな夜風がゆるりと撫でて行った。

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