『兄と弟』

 僕と兄の関係は明白ではない。会うときはなぜか緊張し、話すときは無意識に会話を通して互いを探り合ってしまう。でも仲は悪くない。足りなかったのはきっと時間だ。お互いを知っているようで、実は全く知らないのかもしれない。高校時代から学校の関係で別々のところに住み、お互いの青春時代を知らない。普段の関わりもほとんどなく、メッセージなんかも滅多に送らない。他の家庭の「兄弟」と自分の「兄弟」の関係性がなんとなく違うことにも気づいていた。何か見えない壁のようなものをお互い築いていた。
 あるとき東京で数年ぶりに二人きりで話をした。僕たちが最後に「兄弟」ぽかった中学時代とは喋り声や考え方がどこか違った。輸出関連の仕事で培ったその経験をとても羨ましく思った。兄はとてもせわしなく、どこか現実に冷めて生きていた。変わったなぁ。僕は悲しくも、当たり前のような気がしていた。僕は知らない。兄が僕との空白の時間に何を経験し、何を思い、どんな葛藤の中で何を選んできたのか。歩み寄る事もしなかった。その結果、今ある「兄弟」ができてしまったのかもしれない。でもいい。実はいい。兄と話すとき、僕はその空白の穴を埋めるつもりはない。だが価値がある。次の会話を探しあうぎこちない関係だけど、だからこそお互いを知らないんだと感じる。この異色な、血の繋がりさえなければ他人になってしまうほどの距離感が、僕に「兄」を意識させる。どうでもいい会話はしない。そうはならない。今やっと話せる。その緊張感が、次の会話を探す。

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