『軋む歯車、恍惚と』

「喉へのキスは『欲求』、首筋へのキスは『執着』…少し場所がずれるだけで、こんなにも意味が変わるの。深いでしょ?」

 つ、と首筋を這った温もりは、俺の耳元にまで登って来ると…ふと、息を吐くようにそんな言葉を囁く。
 熱を帯びたように潤む瞳とは裏腹に、氷のように冷え切った腕。…包帯、新しくなってるな。また手首切っただろ。

「口付けたついでにこの首を噛み千切ったら…どうなるかなあ?」
「…狂ってるよ、お前」
「そんな事分かってるよ。でもね、いくら狂ったって…抑えきれないくらい、どうしようもないくらい君が好きなの」
 なんて寂しそうに笑うと、コイツは「…ねえ、好きだよ」と視線を下げながら、俺の肩口にそっとその頭を預ける。

 …俺に向けられたコイツの感情は、きっと『愛』なんかじゃなくて『依存』なんだろう。誰からも見放され捨てられ、ずっと孤独で生きて来たコイツを、初めて抱き留めたのが偶然にも俺だったから。
 弱くて、脆くて、どこまでも哀れな女。
 誰かを愛した事なんて無いコイツの想いは確かに歪んでいるが…それでも、コイツは不器用ながらに一歩ずつ、歩むはずだった道をゆっくり進み始めてやがる。

「ねえ、ずっと私の傍にいてね」
「…言われなくても離さねえよ」
「また独りになったら私…きっと、生きて行けないよ」
「そんな事になる前に、俺の手で終わらせてやるから安心しろ」

 依存だろうと何だって良い。もし俺がいなくなったらコイツは…きっと、人形のように呆気なく壊れる。
 滑らかな黒髪をゆっくりと搔き撫ぜると、柔らかく微笑んだ狂おしい唇にそっと口付けた。

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