『薄笑の記憶』

 …あーあ。『無表情』なんて、誰が言い始めたんだか。

「ショーダウン」
 何の感情も無い声の直後、黒い革手袋が鮮やかにめくる5枚のカード。
 …2枚の8と3枚の10。クソ、また負けかよ。
「ワンペア、フルハウス…私の勝ちですね」
 積み上げたコインを自分の方へと引き寄せると、氷のような女はニコリとこちらへ微笑んで見せる。
 …『伝説のディーラー』なんて、よく言ったもんだぜ。
 すぐに表情を消してカードを切り始めるこの女は、この闇カジノで『最強』と謳われるポーカー専門のディーラー。
 コイツに勝てば欲しいものは何でも手に入るが、その代わり…対価として、客は命の次に大切なものを賭けなきゃいけねえ。
「…ベット」
 残り全てのコインをやけくそでテーブル中央へと押し出せば、向かいに座る女は「…流石、名の知れたギャンブラーですね」と口先だけで笑って見せる。
 配られたカード。視線の応酬。入れ替わる手札…そしてショーダウン。
 …手袋が裏返したカードはスペード、そして…。
「…ッ!?」
「…ストレート、ロイヤルストレートフラッシュ。私の勝ちですね」
 有難うございました、と席を立つと、俺の隣へと歩いて来た女は「では、対価として…こちらの懐中時計は頂戴致します」と微笑んで会場から出て行く。

 …なあ知ってるか、ディーラー。その懐中時計の中には…俺達が幼かった頃、亡き母さんと三人で撮った写真が貼ってあるんだぜ。
 笑い方も俯いた顔も全部母さんに似やがって…。やっと見つけたってのに、こんな所で何してんだよ。

「…なあ、こっちに戻って来いよ」
 届かないと知っていながら、賭けの後味の残る部屋で一人、レリーフの刻まれた重厚な扉へと声を紡いだ。

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