『イケブクロ・ドットオブナイト』

 流れて行く景色。遠ざかって行く都会の音。
 街角に映る上気した頬を、ぎらついた赤紫のネオンがやがて妖しく染め上げて行く。

「ねえ、ここに連れて来た意味…分かる?」
「…池袋のこのエリア、危険だって分かってんだろ」
「君と一緒だから大丈夫でしょ。制服姿のJK達も、私達には目もくれなかったんだし」
 不気味な光と深い闇の狭間で僕と目を合わせると、彼女は語りかけるようにそっと…形の良い唇をたゆめて笑った。
 閑静な通りでは色とりどりのネオンが道行く人を誘い込んでいるだけで、夜に溶け込んだ艶やかな浮世がとぷりと音を立てて鮮やかな影を落とす。
 …まるで、別世界だと思った。中高生の賑わう昼間とは打って変わった、もう一つの池袋の顔。

「東口ならまだしも、西口の北側なんだから…うん、そういう事だよ」
「早まるな。お前…お前だってまだ未成年なんだぞ」
「…そんな事関係無いよ。だって…私も、もう18歳なんだよ。…それに、成人だとか成人じゃないとか、そんなの人間が勝手に決めた事でしょ。薄っぺらい後付けの線引きを取り払ったら私だって…もう大人なんだよ」
「…ッ」

 つ、と何かが裂けた音がした。
 僕たちを繋ぐ僅かな距離に、いつの間にかはっきりと刻まれていた境界線。
 遠くに聞こえる歓楽街の声も、夜に色めくマットカラーも…今はただ、揺らいだ横顔を縁取るものでしかなくて。
「…私は、ここで一番になる。お母さんみたいに…ううん、お母さん以上の、一人前のキャバ嬢に。…それが、私に出来る唯一の償いだよ」

 …制服を握りしめる小さな手が震えていたのは、きっと気のせいなんかじゃなくて。
 僕を見上げて気丈に微笑んだ妹は、かつて見た母によく似た目元に僅かな涙を滲ませていた。

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