『高校時代から、ン十年後のデート』

 高校生時代に、彼は生徒会の副会長だった。
受験校だから、皆、生徒会役員など敬遠するのが普通なのに、谷川登はお人好しなものだから、担がれて副会長になってしまった。

 なった以上は、何か新企画をと、秋の文化祭では、今までにない夜間生徒の展示室やら、クラス参加のイベントなど当時としては、画期的と生徒会紙でも掲載されて、谷川は気をよくして、次なる芸能祭に臨んだ。

 付近の区民会館を借りて、生徒自作の演劇を企画した。演劇部員ですらないずぶの素人軍団で、原作、脚色、演出まで欲張った。

 谷川自身は、地獄のお兄さん役で、普段は全く着ない真っ赤なセーターを着込んでドスの聞いた声を会館ホールに響かせた。

 生徒会選挙戦でも、谷川は声には自信があり、卒業後に進学した大学では、モサ連中を仕切る弁論部長でも活躍するようになる。

 さて、谷川が演劇で張り切るのには理由があった。演出の役が、彼の彼女だったからだった。
三年間、クラス替えが三度あってもずっと一緒のクラスだったのが、親密度を高める要因であった。
彼らは「交換日記」まで書きあって、交流を深めた。

 高校三年の大晦日に、二人は明治神宮を参拝に訪れる。だが、二人きりではない。10人くらいのグループで、引率の担任教師も一緒だった。
 参拝が終わると解散ではない。それから、ある場所に移動するのだ。

 大勢の参拝者をかき分けながらだから、結構時間がかかるが、その分、おしゃべりも楽しめたから、大したストレスにもならない。

 やがて、鬱蒼とした暗闇を抜けると北鎌倉駅に列車は滑り込む。
下車した目の前が、円覚寺だ。
ここは、普段は静寂に包まれているのだろう。
だが、さすがに元旦だけに、人が出てる。
しばらく、寺から道沿いに歩いた先が建長寺だ。ここも、大きくて立派な山門辺りは、人混みでざわざわしている。

 さらに歩を進めた先が、目指す鶴岡八幡宮だ。高い階段の上を見やると朱塗りの構えが迫って来る。
本殿前で谷川は祈った。
「目指す受験校に合格しますように。彼女との交際が進展しますように」。

 参拝後には、鎌倉の海岸に出て、砂浜で思いっきり走った。
「谷川君頑張って〜」という彼女の声が耳に響いてきたと谷川は錯覚した。
振り返ると、彼女は他の男子と談笑しているのが目に入った。

 帰りがけに、全員、鎌倉駅前でお汁粉を、ふうふう吹きながらすすった。
 こうして、「二年参り」と称する初詣は幕を閉じた。

 それから、何十年。
 淡い思い出を反芻胃のように噛みしめながら、谷川は、彼女を鎌倉に誘った。すんなり了承してくれた。
お互いに家庭があり、孫までいるシニアだ。谷川は、家内に打ち明けて、オッケーをもらって堂々と、だが片隅には家内にすまない思いも、かけらだけはあった。

 全く高校時代と同じコースを辿る。二人は肩を並べて、ゆっくりと歩む。今回は、二人だけのデートだ。

 途中で、いかにも鎌倉らしい風情の茶屋で、谷川は奮発して一番の高級料理でもてなした。
二人は、丸で高校時代にタイムスリップしたように、何の屈託もなく、「谷川くん」「池畑さん」と、かつてと同じ呼び方をしあった。
「谷川くんは、全然高校時代のままじゃないの」
「池畑さんだって同じだよね」
彼女は、幼児教育の先生となり、本まで上梓している才女でもあった。
シニアらしい小太りの肉を削いだら、女子高生そのものだ。
笑い方が、谷川は好いていた。
そのままなのに安心感をいだいた。

 二人は、夕闇が迫る頃、やはりあの海岸に出た。谷川は、矢庭に走り出した。
が、石につまずき倒れ込む。
彼女は、すかさず駆けつける。
現役時代は、バレー選手で大活躍してた。ブルマ姿の太ももは、今でも脳裏に焼きついている谷川。
「いや〜参った参った」と言いながら立ち上がろうとしたが、打ちどころが悪いせいか、思うようにゆかない。
「ほらっ、谷川くん頑張って」と、彼の手を掴んだ。
これが、後にも先にも、初めてにして最後の触れ合いだった。

いつの間にか、夕闇は、二人を包み込んでしまった。カモメが、一声ふた声泣いて江ノ島方面に飛び去っていった。

       完

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