『クレセント・ブルーミングフェイト』

 澄んだ闇に照る満月…その裾で、ぼんやりと浮かび上がる青い花影は、春夜の宵風を浴びて揺らめく。

「綺麗…だね」
 一枝の桜に指先で触れると、彼女は物憂げな瞳に青を映してほうと息を吐く。花に伸ばした細い腕が月影に濡れて、肌の白さを不気味な程に闇に描く。
「…ごめん。目黒川…あんなに混んでると思わなくて」
「…ううん、良いの。そのお陰でここに来る事が出来たんだから。…ここね、私のお気に入りの場所なの。小さい頃に見つけて、それ以来ずっと…大切な人と、見に来たいと思ってて」

 君と付き合ったあの日から、ずっと一緒にここに来たかったの。

 なんてたおやかに笑った彼女に応えるように、一陣の涼やかな風が僕達と桜を月夜へと舞い上げる。

 都会の声も遠い山裾。綻んだ野生の闇。
 零れ桜の中で端正な唇が描いた微笑は、蒼と闇との昏い狭間を切に縁取った。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。