『五百円玉』

頭から降り注ぐ東京の夜景
薄い空気を必死に吸い込んでは吐き捨てる
もうどれだけ歌っているのだろう
夢見たミュージシャンの道は想像の何倍も辛く厳しい

自信満々に握っていたあのマイクも今となっては弱々しい
震える声で必死に歌う俺を笑うあいつらが今はとても恐ろしい
それでも声を振り絞って歌う
笑うんじゃねぇって心で叫びながらその悔しささえも声に乗せて全力で歌った
俺を信じて送り出してくれたじいちゃんに胸張って生きれるように必死に歌った

曲が終わり誰もいない観客に挨拶をするといつものようにギターとマイクを片付け始める
すると一人の男性が近づいて口を開いた
「いい歌をありがとう」
そう一言うとギターケースに五百円玉を一枚入れて立ち去る

「ありがとうございます」
大きな声で言うと胸にはいつもとは違う温かい何かが広がっていく
まるで大好きなじいちゃんに褒められた時のような気持ちだった
帰路に着いた後もその熱をガソリンにしてノートに歌詞を書き殴った
あの頃に見た光をもう一度だけ掴み取る為に

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