『つとめていはく』

 ふ、と吐き出した息が冬の朝を撫でて、ゆるりと踊りながら音も無く白に溶けて行く。

「もう、冬だね。今年もあと少しかあ」
 赤い花びらを飾った霜をつ、と指先でなぞると、彼女は「…ん、やっぱり寒いね」と緩いセーターの袖を更に伸ばして小さなその手を隠す。

「…椿、もう咲いたんだな」
「教えてもらってた時期よりずっと早かったね。今年は例年より寒いから、年明けだって勘違いしちゃったのかな」
「かもな」

 椿の花ってせっかちなんだね、と笑う彼女の胸元では、椿をあしらったペンダントが控えめに揺れている。
 …今年の秋、俺が彼女に送った一年記念のプレゼント。銀の鎖に繋がれた小さな花は、ふわりとしたグレージュのボブショートによく映えていて。

「…ねえ、知ってた?赤の椿は『控えめな素晴らしさ』、白の椿は『完全なる美しさ』なんだって。…私も、そんな女の人になれたら良いな」

 君に釣り合えるような、素敵な人になりたい。

 立ち込めた朝霧に溶けた微笑は、普段の彼女よりもずっと大人びていたように見えて。
 …それでも数瞬後には「うっ寒い…」なんて言い出すものだから。「風邪ひくぞ」なんて言葉の後に、繋いだままの小さな手をコートの右ポケットにそっと仕舞った。

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